「オール紙」の入場証をこれからのスタンダードに

紙だけでつくられた入場証「かみのぱす」は、2025年1月にリリースされた。QRコードや本人の肩書をプリントする入場カードはFSC認証紙、首から提げる紐はマニラ麻を原料とする紙糸、カードと紐をつなぐクリップは木材パルプ100%の生分解性素材でできている。

 

紙糸の原料となるマニラ麻は生長時に二酸化炭素を吸収する力が高く、紙のクリップ部分は弾力性と耐衝撃性に富み、使いやすさと環境への配慮を両立した仕様だ。

この「かみのぱす」を開発したのは株式会社システムフォワード(福島県いわき市)である。同社はクラウドシステムの構築を得意とするIT企業で、以前から主力製品の展示会受付システムとともに、来場者が身につける入場証を顧客に提供してきた。

そこで顧客、つまり展示会の主催者より数年前から寄せられていた要望が「SDGsを踏まえ、入場証を環境に配慮した仕様に変更してほしい」というものだった。

「そこでビニールケースをやめ、入場証をすべて紙でつくることを思いつきました。はじめは穴を開けた入場カードに必要事項をプリントして紐を通すスタイルを考えましたが、試しにやってみると、穴がプリンターに引っかかってプリントしづらかったり、紐を通すのに手間がかかることがわかりました。それでは列に並んだ来場者を待たせてしまうので、そうならないよう別の案を考えなくてはなりませんでした」(システムフォワード社長・大内一也さん)

入場証は来場者が持参したデータを元に、受付時にプリントする必要がある。混み合う受付カウンターで、手間をかけず「スピーディーに入場証を発行できる」のは、はずせない条件だった。

入場カードはもちろん、クリップと紐も紙でできた「かみのぱす」。環境への配慮を意図して製品化された

入場カードは受付でスタッフがプリントする。カード上部には切り取り用のミシン目が設けてある

そこで思いついたのが、入場カードにあらかじめミシン目を入れ、プリント後に切り取って穴をつくり、紐付きのクリップを差し込む形だった。クリップに適した紙素材は難なく見つかり、「紙だけでできた入場証」は実現に一歩近づく。

しかし、意外に難航したのが首に掛ける「紙製の紐」であった。

「まず、和紙でできた紐を試してみましたが、思ったよりも硬く、首から提げるには不向きでした。その後に見つけた麻の紙糸は、ハリとコシがあり手触りもよかったのですが、ちょうど良い太さのものが見つかりませんでした。最終的に、紙糸の製造会社から提案された、マニラ麻の紙糸を3本撚り合わせた紐を採用することにしました」(大内さん)

その紐を採用して完成させた「かみのぱす」は非常に好評で、もともとの目的であった「環境負荷の低減」を達成しただけでなく、事後に回収した入場証の分別処理を容易にするという副次効果も生んだ。

というのも、入場カードは個人情報が含まれるため、本来は本人が持ち帰り、ビニールケースだけを会場に置かれた回収ボックスに戻すことが推奨されているが、入場カードが入ったままのビニールケースを回収ボックスに戻す来場者が少なくないため、主催者側でケースと入場カードを分別し、個人情報保護のために使用済みの入場カードを溶解処理していたという事情がある。

入場証をすべて紙にしたことで、主催者側はこうした手間から解放されたというわけだ。

紐はマニラ麻を原料とする紙糸を撚り合わせたもの。クリップ部分は木材パルプからできている

入退場管理だけならスマホでも行えるが、紙の入場証には本人の業種や肩書が一目でわかる便利さがある

紙だけでつくられた入場証はたたずまいが自然で、来場者も違和感なく使用できているようだ。その様子を目にした大内さんは「そこはかとないスマートさを感じました。ぜひ『かみのぱす』を、今後の入場証のスタンダードにしていきたい」と、力を込める。

ユーザーが違和感なく使用でき、スマートに見えるのなら、製品デザインとしては大成功といえる。製品コストが従来のビニールケース仕様の入場証と同等であるというのも頼もしい。

現状では、受付スタッフがカードのミシン目を切り取るひと手間が課題となっており、受付作業の一層の短縮化が求められているが、それもいずれ解決されていくだろう。大内さんが望むように、『かみのぱす』が入場証のスタンダードになる日はそう遠くないのかもしれない。

ライター/石田 純子 著書に『デザイナー・編集者のための紙の見本帳』(エムディエヌコーポレーション)ほか

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紙であることの新鮮さが見る人の感嘆を誘う

さまざまな店舗や商業施設から依頼を受け、紙のディスプレイを制作しているのは、ネコネコデザインペーパーアーツ(神奈川県川崎市)の菅野一剛さん。手軽に入手できて加工しやすい「紙」に、素材としての魅力を見出し、初めは趣味として取り組んでいたペーパーアート制作を、2018年から本業にしている。

広い空間を華やかに彩るディスプレイは、間近で見ると、手のひらに収まる小さな紙のモチーフの集合体であることがわかる。単体ではひたすら繊細な印象を与える紙の造形物も、数を増やして立体的に設置することで、異なる表情が備わっていく。

 

一つひとつのモチーフは手作業も交えた繊細な表情が特徴。間近で見てはじめて紙だと気付く人も多い

「ディスプレイ全体の完成予想図はあらかじめ頭に入っているのですが、それでも紙のモチーフをたくさん用意して現場で組み合わせていると、自分の想像を超えて作品が勝手に走り始める瞬間があるのです。そこに生まれるダイナミズム、圧倒される感じが心地いい。そこに到達したとき、この仕事は成功だと思えて安心できるんです」と、菅野さん。

「重要なのはディスプレイの全体像」だとしつつも、一つひとつのモチーフの造形には手を掛けている。有機的な表情を生み出すため、形状はあえてフリーハンドで描き起こす。その形状を大判の紙から切り出すのはカッターの付いたプロッターに任せるが、切り出した紙片はそれぞれに、折りや曲げ、貼り合わせなどの加工を手作業で施していく。ダイナミズムと繊細さが共存するディスプレイの魅力は、このようなディテールに及ぶ調整に支えられているのだろう。

「ペーパーアーツ」の屋号の通り、使用する素材は多種多様な紙で、最近気に入っているのはメタリック調のハリのある紙だ。

「金・銀はもちろん、色のバリエーションやホログラム調などのバリエーションを揃えたメタリック紙のシリーズは、見栄えがいいだけでなく強度も申し分ない。天吊りのディスプレイなどは吊ったときにちぎれないよう、とくに強度が気になるものですが、その点も心配なく使えています」と、菅野さん。

状況に合わせて紙を選ぶノウハウも豊富で、屋外のディスプレイには合成紙の「ユポ」をもっぱら使用している。耐水性があり風雨に耐えるのはもちろん、丈夫でヨレたりすることもなく、2カ月程度なら充分美観を保つことができるという。

美しさと耐久性を兼ね備えたディスプレイは依頼主からの評価も高く、ジュエリーや高級品を扱うハイブランドからの引き合いも多い。

「ハイブランドの依頼で多いのは『新鮮みのあるディスプレイにしてほしい』というもの。さまざまな形式や素材がある中で、慣れ親しんだ素材である紙を『新しいもの』として見せることが期待されているのです。それに応えて、出来上がりを見た依頼主の『おおーっ!』という歓声を聞くことができたときは、自分としても嬉しいですね」(菅野さん)

屋外展示では合成紙の「ユポ」を使用。耐水性はもちろん、独特の光沢感など風合いも好まれている

光の透過が美しい平面的なディスプレイは、ウインドーのほか間仕切りなどとして用いることも

子供の頃から「他人と同じことはしたくない」という思いが強かったといい、それを体現するように、ペーパーアートによる商業空間のディスプレイを請け負う事業者としては稀有な存在となった。ディスプレイ制作のかたわら製造販売しているカード類が、海外訪日客に好評であることから、今後はディスプレイ制作で海外進出することも視野に入れている。

将来、異国の地で菅野さんのディスプレイを目にした人が、はじめは壮観な全体像に、次はディテールの繊細さに、さらにはそれが紙でできていると知って、「OH!」と感嘆の声を上げることを、ぜひ期待したい。

自社製品として製造販売しているカード類。訪日観光客が訪れる文具店などで販売され、好評だ

※「ユポ」 は、(株)ユポ・コーポレーションの登録商標です。

ライター 石田 純子

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貼箱から広がる動きとストーリーを楽しむ

紙のおもちゃは「ハコロポン!」という。しっかりとした造りの貼箱に、厚手のカード5枚とビー玉が収まり、遊ぶときはカードの溝に沿ってビー玉を「コロコロ」と転がす。このときビー玉には手を触れずに、「箱」を持って傾けながらビー玉を動かすのが基本ルール。溝の先端にある丸い穴にビー玉が「ポン!」と入れば、カードを1枚クリアしたことになるので、カードをめくって次の1枚へと進む。

ハコロポン!には、ウサギを主人公にした絵本のような「おつきさまがどこかにいっちゃった」と、スポーツゲーム感覚でカタカナの習得も期待できる「カタカナ スポーツ」の2タイプがある。いずれも4〜7歳くらいの子供向けだ。

貼箱に5枚のカードとビー玉を収めた「ハコロポン!」。絵を眺めながらビー玉を転がして遊ぶ

実際にトライしてみると、曲線やジグザグの溝に合わせてビー玉を転がすのが案外難しく、だからこそゴールの穴にビー玉がポンと入ると嬉しい。同時に、小さな子供には大きく感じられる箱を、身体をうまく使ってバランスを取りながら動かすのがコツであると実感できる。

集中力も要するこの遊びは適度な没入感を誘い、子供が夢中になって遊ぶ様子が目に浮かぶ。2023年にオンラインサイトで発売してからは、アナログのおもちゃを求める人に好評で、甥や姪、あるいは孫へのプレゼントとして購入する人が目立つという。

高級感のある外見が「特別な贈り物」にふさわしいのに加え、身体感覚を大切にしながら遊べること、ストーリーに込められた情緒、愛着のわく貼箱の風合いなど、大人が子供に安心して与えられる条件が揃っているからだろう。

ハコロポン!を企画製造した株式会社泰清紙器製作所(東京都練馬区)は、貼箱の製造を得意とする老舗メーカーで、とりわけ学童用の「おどうぐばこ」製造では長い歴史がある。このハコロポン!も、過去に培ったノウハウを活かし、箱の角を面取りしたり、カードの角や断面を丸めて手触りをソフトにするなど、安全面に配慮している。

日頃は製品パッケージ用の貼箱を他社に供給することが多い泰清紙器製作所において、このハコロポン!は、一般消費者に向けた初めての自社製品となった。ビジネスマッチングのコンペを通じてデザイン会社の株式会社キュー(東京都渋谷区)と出合い、キューの提供するデザインやストーリーと、泰清紙器製作所の技術を組み合わせて実現したものだが、このアイデアがコンペで優秀賞を獲得し、その後クラウドファンディングを経て一般発売が叶ったことで社内は一気に活気づき、若手社員を中心に、新製品の提案が寄せられることが増えたという。

その様子に笑顔を見せるのは、ほかならぬ泰清紙器製作所社長の大木啓稔さんである。

「当社は1965年の創業以来、『紙の箱』というカテゴリーで伸びてきました。私自身も子供の頃から身近であった紙という素材には思い入れがあります。ですので、これからも『紙』を中心に据えた新しい展開を進めていきたいのです。

絵本のような「おつきさまがどこかにいっちゃった」(写真上)と、スポーツと知育をテーマにした「カタカナ スポーツ」(写真下)。ビー玉が導入役となり、紙でつくられた遊びの世界へといざなわれる

ハコロポン!はビー玉以外、すべて紙でできたおもちゃであることに個性があり、評価してくださる方もいます。まもなく仕様のディテールや価格帯を変えた別バージョンをリリースする予定もあるので、まずは、より多くの人々にハコロポン!を知ってもらい、広めていくことに注力していきたいですね」(大木さん)

日頃は菓子やジュエリー、スマートフォンなどのパッケージとして見かけることの多い貼箱に、「おもちゃ」という役割を与えたことで新しい魅力が備わった。包材としてだけではない、それ自体が主役となれる力が、この丈夫で美しい紙の箱に秘められている。

ビー玉を操るには繊細な動きとバランス感覚が必要。スムーズなのにしっかりと開閉できる蓋の感触も身体感覚に訴えかける

ライター 石田 純子

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赤ちゃんの手足を汚さない「発色紙」を使用

墨や絵の具を使って残す子供の手形や足形は微笑ましいものだ。子供が大きくなってから見返して、「こんなに小さな頃があったんだな」と、思い出に浸った経験のある人も多いのではないだろうか。

しかし、いざ手形をとろうとすると、墨・絵の具の用意や周囲を汚さないための工夫、活発に動く赤ちゃんの手足に墨や絵の具を塗り、紙にまっすぐ押す難しさなどが相まって、一筋縄というわけにはいかない。

その大変さも思い出の一コマになると言ってしまえばそれまでだが、ナカバヤシ株式会社の「手形足形フォトフレーム」にセットされた「発色紙」と「発色液」は、こうした面倒を一気に解決してくれる。

「手形足形フォトフレーム」。ピンク色の発色紙は発色液が付くと黄色に変わり、手形や足形を残せる

発色液をしみこませた不織布をセットの中から取り出し、赤ちゃんの手のひらにまんべんなく塗ってから、その手のひらを発色紙の上に乗せる。すると発色液の付いた部分だけが黄色に発色するので、あとは乾かして終了。発色紙に手形をとった日付などを書き入れる場合は、ボールペンやマーカーなどによる筆記も可能だ。

発色液は無色透明で、化粧品にも使われる安全性の高い原料で作られている。周囲や赤ちゃんの手足を汚す心配がなく、皮膚に付いても無害で、手形をとり終わった後は水洗いで簡単に落とせる。

     

まるで理科の実験のように発色の過程も楽しめる発色紙と発色液は、ナカバヤシの協力会社であるインキメーカーが開発した。もともと手形がとれる素材を探していたナカバヤシでは、インキメーカーから提案されたこの商材に可能性を見出し、採用を即決したという。

製品の企画を担当したナカバヤシ・企画部の加藤美香さんはそのときの様子を次のように語る。

「黒いインキで手形をとる製品は当社でも以前からラインアップしていたのですが、こちらはカラーな上に手足を汚さずに済むのが良いですね。しかも、うまく押せずに手形をとるのに失敗した場合は、発色紙についた液が乾く前に水で洗い、紙を乾かせばまた使えるようになります。赤ちゃんはうまく手足が動かせなかったりするので、失敗してもやり直しできるのは大きな魅力でした」

この「やり直しができる」という特長は、発売前の展示会でも大いに注目を集め、販売店などがその詳しい説明を聞きたがったという。また、ピンクと黄色の優しい色合いや、赤ちゃんの写真と小さな手形足形がフレームの中に収まる様子も「かわいい」と好評だった。

「写真はデジタルデータで残すこともできますが、手形足形の場合は、紙に押したものをデジタルで取り込んで画面で見ると、サイズがわからなくなってしまうのが難点です。紙のまま残すからこそ、赤ちゃんの手足の小さなサイズ感がリアルに伝わり、素直に『かわいい』と思えるんじゃないでしょうか。それを写真と一緒に見返すことで、そのときの赤ちゃんの様子がありありと思い出される。紙の上の手形足形を通して、そんな『生』の良さを感じていただければ嬉しいです」(加藤さん)

「手形足形フォトフレーム」は今年9月に発売されたばかりだが、加藤さんの所属する企画部では、無色透明の発色液が発色紙に接するとカラーになる新奇性に着目し、この仕組みを他の製品にも展開できないかと期待が高まっているという。

「発色」という特殊な機能をもった紙が、本来は形をもたない「思い出」に形を与え、記録として先々まで残す役割を担う。今後その機能にどんな角度から光が当たり、紙の可能性を引き出していくのか。これからが楽しみである。

発色紙と発色液。発色液は無色透明で、不織布にしみこませて袋入りにしたものがセットされている

青や緑に発色する発色紙もあるが、性別を問わず使いやすい色として黄色が採用された

発色紙は水でも発色するが、水の場合は乾くと消える。それにより、洗って繰り返し使える仕様が実現した

ライター 石田 純子

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紙を活かすICTで指導強化と働き方改革を両立

近年、小・中・高校生の間に「1人1台のタブレット所持」が浸透している。発端は2019年に文部科学省が発表した「GIGAスクール構想」で、翌年のコロナ禍による休校が影響し、授業や連絡用として電子端末を配布する学校が急増した。

電子端末は適したアプリを用いることで、一人ひとりの習熟度に合わせた学習がしやすく、子供たちの評判もよい。しかし、学校の中で実施される中間・期末テストは、今もテスト用紙に鉛筆で書き込む形で行われている。

    

教育工学・情報科学の研究者で、後述するテスト採点ソフト「EdLog クリップ採点支援システム」を開発した中川哲さんによれば、その理由は明白だ。

「パソコンやタブレットでテストを行う場合、後ろの席から画面が見えてしまいますよね。カンニングを防ぐには席を仕切るなど大掛かりな準備が必要ですし、機器トラブルで試験が中断される可能性もあります。復習代わりの小テストなら電子端末でよいのですが、公正さと安定性が要求される定期考査は、今のところ紙のテストが適しているのです」(中川さん)

    

加えて、これまで紙ベースで問題作成を行ってきた教員にとり、テストをCBT(コンピュータ・ベースド・テスト。コンピュータを使った試験形式)に切り替えるとなれば、問題作成からテストの実施に至る多くの作業工程を大幅に変える必要があり、ただでさえ長時間労働が問題となっている教育現場にさらなる負担を強いる点で、現実的ではない。

もちろん、紙のテストにも難点はある。CBTが採点と集計を自動化できるのに対し、紙のテストはいずれも手作業で行うため、実施後に時間と手間がかかることだ。

そのような事情を汲み、中川さんは学校で行われるテストの採点を効率化するソフト「EdLog クリップ採点支援システム」を開発した。紙のテストをスキャナで読み取り、パソコン上で採点するシステムである。

特徴的な「クリップ採点」は、複数のテスト用紙の同じ設問を同一画面に並べて採点する方式のこと。採点基準がブレにくく、誤答パターンが把握しやすいので、テスト後の指導に活かせるという長所がある。解答用紙に指導コメントや模範解答を添える機能も充実しており、生徒は返却された解答用紙を見て、自分が何を強化すべきか容易に把握できる仕組みだ。

そしてパソコン上での採点が終わると同時に、個々の解答用紙の得点計算はもちろん、全体の集計と台帳への記録が行われ、返却用となる解説付きの解答用紙が出来上がる。

こうして採点の質を上げながら教員の負荷は大幅に軽減し、指導の時間を生み出すのが、このソフトウェアのコンセプトだ。別の言い方をすれば、紙のテストを活かしながら採点業務をICT化することで、教員の働き方改革と、生徒一人ひとりに寄り添った教育を両立させる試みであると言える。

採点時の画面。紙のテストをスキャンし、複数のテスト用紙の同一設問の解答を並べて採点する

返却用の解答用紙の一例。解答状況に合わせて個別に指導コメントや分析結果が付く

ところで、テストに限定せず学習全般に目を向けたとき、「紙とデジタル」、どちらが学習効果が上がるのだろうか。教育分野の研究論文を多数発表している中川さんに尋ねてみた。

    

「それは学力をどう定義するかによります。単語を覚える行為に限定すれば、紙に書いて覚えるほうが定着率が高いとした調査もありますが、そこで問われているのは『単語の記憶力』のみ。それだけが学力ではないですし、もちろん個人差もあります。大多数が『紙のほうがよい』と感じた条件下でも、1人が『電子端末のほうがよい』と思えば、その人は電子端末で学習した方がよいでしょう。ある方法が高い平均値を出したからといって、その方法をすべての人に当てはめるのはナンセンス。異なる教育環境や選択可能な方法をいくつか用意して、学習者が自身に適したものを選びとる、そうした『個別最適学習』が今後の潮流になっていくと思います」(中川さん)

学校の勉強といえば一斉指導が当たり前で「個別最適学習」を耳慣れないと感じる世代には、考え方の大転換を迫られる話だ。一方、紙とデジタルの使い分けについて、その世代でも共感できるエピソードを中川さんが教えてくれた。

  

「『EdLog クリップ採点支援システム』では、テスト返却をデジタルデータとプリントアウトした紙の2通りから選べるのですが、ある学校で行った調査では、子供たちの半数が『デジタルデータだけでよい』、残りの半数が『デジタルデータと紙の両方が欲しい』と答えたそうです。なぜかというと、例えばスポーツ競技を頑張って優勝したとき、その賞状がデジタルデータだけだったらガッカリしませんか。紙が必要な場面はやっぱりあるんですよね」(中川さん)

実体をもち、五感を通じて感情を揺さぶる紙ならではの役割がある。教育においても多様化が進む今、既成概念を取り払って紙の役割をもう一度考えてみることが、私たちには必要だ。そこで再定義された役割が、これからの社会をつくる一助になるだろう。

ライター 石田 純子

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環境保全を意図し水に濡れるアメニティも紙製に

歯ブラシやコームなど、ホテルや温泉に用意されたアメニティは、多くがプラスチック製である。コームは滅菌して再利用されることもあるが、歯ブラシは衛生上、使い捨てとなるため、捨てるときに小さな罪悪感をおぼえる人も少なくないのではないか。

そこにひとつの解決をもたらしたのが、紙製のアメニティである。歯ブラシ、コーム、靴べらがあり、歯ブラシのブラシ部分はヒマシ油を原料とする生分解性のバイオマス素材、他は個包装に至るまですべて紙でできている。紙でできた歯ブラシが製品として出回るのはこれが世界初だという。

 

アメニティは本体だけでなく、個包装も紙製。断面はなめらかで肌当たりが優しい

いずれも使用するのに充分な硬さがあり、紙だからといって力加減を気にする必要はない。靴べらやコームは何度も使え、水に濡れる歯ブラシも3、4回は使える。素材は水に強い種類の紙を合紙したもので、ラミネートなどはされてなく、石油由来の樹脂は一切含まれていない。

紙製アメニティの開発・製造を行ったのは株式会社エステック(埼玉県和光市)である。宿泊施設やゴルフ場での使用を想定して開発し、量産体制が整ったのが2024年4月。それとほぼ同時に、歯ブラシは日本航空のラウンジで採用された。日本航空では2025年までに新規石油由来のプラスチック使用を全廃するという目標を掲げており、その目標に合致したためである。

「歯ブラシ自体はラウンジや機内の必需品として、廃止するわけにはいかず、竹製歯ブラシなども検討されたようです。しかし、結果的には私たちの紙製歯ブラシが採用されました」と説明するのは、エステックの代表取締役・坂本学さんである。

もともと同社には紙製品などの高度な加工技術と設備があり、アメニティ製造にもそれが活かされた。例えば歯ブラシの植毛時に許容される型抜きの精度誤差は±0.2ミリ以内。また、口内に触れるので、安全性の高い原紙を使用するのはもちろん、製造は個包装を終えるまで自社のクリーンルーム内で行う。さらに切断面のエッジが極力鋭くならないカット法を用いるなど、安全への配慮は万全だ。

「紙製アメニティはいずれも4月から各所に提供を開始しましたが、今のところノークレームです」と、坂本さんは胸を張る。さらに反響が予想以上に大きかったことから、製造機械を増設し、生産量を当初計画の10倍に増強した。

現在は北米、ヨーロッパ、オーストラリアをはじめ海外への展開を計画中で、サンプルを提供しつつ商談を進めている。これらはすべてコンポスト化(土中に埋めて土に還す)が可能なため、ごみ処理をコンポストで行うことの多い欧米では特に興味を持たれるという。

紙は水に強いFSC認証紙を使用。水に濡れる歯ブラシも3、4回は使用可能だ

完成前の歯ブラシヘッド部分。穴の位置は誤差±0.2ミリ以内という高い精度が求められる

「まず、紙製であることに驚かれ、次にコンポスト化が可能かどうかを聞かれるのですが、その際に『一部を除けばできる』といった条件つきの答えではダメなんですね。『100%できる』と言えなければそこで終わり。その点、このアメニティなら、個包装も含めて紙とバイオマス素材だけでできているので、自信をもって『コンポスト化できる』と言えるのです」(坂本さん)

紙であることの良さを最大限に活かし、アピール材料にして海外展開を目指すため、交通の便のよいマレーシアに拠点を置いて販売網を広げる計画も着々と進めているという。日本発の紙製アメニティが海を渡り、世界へ広がっていく様子は、想像するだけでワクワクさせられる。

オリジナル印刷や型押しも行える。紙製という珍しさから、お土産代わりに持ち帰る人も多い

ライター 石田 純子

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紙管の建築で多様な来訪者にアピール

近年の大学では、洒落たカフェやレストランを敷地内に設け、一般に開放していることがある。しかし、これほどまでに特徴的で、教育内容とリンクしている例は珍しいのではないか。

芝浦工業大学・豊洲キャンパス(東京都江東区)にあるレストランは、紙管をふんだんに用いたインテリアが目を引く。天井や間仕切り、カウンター下などの内装のほか、椅子やテーブルなどの家具にも大小さまざまな紙管が用いられ、素朴にも未来的にも感じられる新感覚の空間を生み出している。

滑らかで温かみのある紙管は触れると心地よく、紙が音の反響を適度に抑えるのか、BGMや人の話し声が柔らかく聞こえる。江戸組子を連想させる天井や間仕切りの意匠はとりわけ美しく、紙管にこのような使い方があったのかと驚かされる。

家具や内装に紙管を多用したレストラン。大小の紙管の断面を見せた天井は独創的で美しい

設計したのは坂 茂(ばん しげる)さん。世界的に評価されている建築家で、紙管を用いた仮設住宅や災害避難所で知られる。坂さんが同大学の建築学部で特別招聘教授を務めていることから、このレストランと、隣接するカフェの設計を担当した。

建設計画に立ち会った芝浦工業大学事務局長・満重信之さんは、坂さんへの依頼にあたり、紙管の耐久性が気になって尋ねてみたという。

「坂先生によれば、紙管は防水加工をすれば恒久的な建物に使ってもまったく問題ないそうです。それなら本学が力を入れているSDGsの実践にも合致するので、ぜひということでお願いしました」(満重さん)

計画段階から関係者の興味の的となった紙管の建物は、建築学部やデザイン工学部の学生たちも設計を手伝い、2022年秋に完成した。以来、学生や教職員はもちろん、地域の人々も日常的に訪れる憩いの場となっている。

普段の食事や休憩のほか、学会の打ち上げやゼミ・研究室のメンバーによる食事会など、ちょっとしたイベントにも対応できる点が好評で、見学に訪れる建築事業者や店舗運営者も多いという。また紙管が使われているという珍しさからか各種媒体で取り上げられるなど、広報活動にもプラスに働いている。

「『工業大学』と聞くと、油まみれになって機械に向き合う様子を想像する人が多いかもしれません。しかし本学はそれだけでなく、最先端の科学を取り入れ、さまざまな素材を扱う、幅も奥行きも広い教育を行っています。だからこそキャンパスの一部を開放し、媒体なども通してこの紙管の建物をさまざまな人に知ってもらい、古い固定観念を取り払って工業の面白さに目覚めてほしいのです」(満重さん)

同大学では創立100周年を迎える2027年までに、現在26.6%である女子学生の比率を30%以上にするという目標を掲げている。また、理工系私立大学で唯一、文部科学省による「スーパーグローバル大学」の認定を受けており、海外留学生の受け入れに注力している。

それだけに、多様な若者に同大学の存在を知らしめ、志望してもらうきっかけにつながる「紙管のレストラン」への期待は高い。

大学はもはや象牙の塔ではない。教育や研究を地域・社会・世界に開き、取り込んでいく柔軟さをもった存在になりつつある。それを示すため、慣れ親しんでいるはずなのに意外な使い方ができる紙が、さらなる知への入り口を広げ、探究心を育む存在として、人々を呼び寄せている。

紙管の間仕切りは、ほどよく風と光を通して落ち着ける空間をつくり出す

天井と連続した紙管のベンチ。肌触りが滑らかで温かみがあり、座り心地もよい

レストランは大学本部棟の1階にあり、一般の人も気軽に訪れて利用できる

ライター 石田 純子
写真 ©︎Hiroyuki Hirai

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紙の循環を地域創生の一助に

「そもそもの発端は店舗サービスで発生するミスコピーなどの紙です。それを見るたびにもったいないと思い、モヤモヤしていました」と語るのは、松本由美子さん。キンコーズ・ジャパン株式会社事業推進グループの担当マネージャーである。

同社は都市部を中心とした国内各地に店舗を構え、顧客のビジネスニーズに即したサービスを展開している。中でもオンデマンド印刷サービスは需要が多く、そこでやむなく発生する反故紙は、顧客のビジネス文書という性質上、秘匿性を保ちながら処理する必要があるが、同社が付き合いのある再生紙工場(製紙工場)がある大阪近辺を除き、リサイクルできるルートが確立されていなかった。

かといって、各地の店舗でストックした古紙を大阪まで運ぶのは、輸送過程のCO2排出が懸念され、有効な手立てとはいえない。リサイクルルートの距離を縮めるには、地域ごとに古紙を回収し、その地で再生紙にして活用するルートを新たに作ればいいのではないか。

そのような「紙の地産地消」を構想し、条件に合う地域として松本さんが白羽の矢を立てたのが、石川県だった。

石川県にはキンコーズ・金沢尾山神社前店(金沢市)があるだけでなく、江戸末期創業で県内に幅広いネットワークをもつ紙卸商・株式会社中島商店(金沢市)、再生紙を得意とする製紙会社の中川製紙株式会社(白山市)がある。

さっそく松本さんは中島商店に声をかけ、環境事業部マネージャーの松田修さんに「紙の地産地消という夢物語」を語った。すると石川県内にオフィス用紙を対象にした、プロジェクトにうってつけの古紙回収ルートが確立していることが判明した。

古紙回収のルート、再生紙を製造できる製紙会社、県内屈指の紙卸商が揃い、松本さんが思い描く「夢物語」は一気に現実に近づく。

完成した「おきあがみ」。表面はサラッとした感触で、ところどころに再生紙らしい小さな黒い繊維が見える

3社による「石川県 紙の地産地消プロジェクト」と称するこの試みは順調に進行し、石川県内の古紙を原料とするオリジナル再生紙が2023年11月に完成した。お披露目を兼ねて再生紙の名称の公募も行い、12月下旬に締め切った時点では全国から364点ものネーミング案が寄せられていた。

ところが2024年元日に能登半島地震が発生。多大な被害が発生する中、石川県内の各企業は地震の影響による混乱を免れることはできなかったが、「むしろこんなときだからこそ、プロジェクトを進めて地域経済の復興に貢献しよう」と、関係者は思いを新たにしたという。

1月に行われたオリジナル再生紙の名称選考では、伝統工芸品の「加賀八幡起上り」にちなんだ「おきあがみ」のネーミング案が、地震復興の願いに通じるとして注目を集め、満場一致で決定した。

この「おきあがみ」はキンコーズ・金沢尾山神社前店の印刷サービスに使用するほか、中島商店が中心となって販売会社を探し、情報用紙やパッケージ用紙として活用していくことが想定されている。また、売上金の一部を能登半島地震の被災地支援の義援金として寄付することも決定した。

「石川県は和菓子づくりの伝統があるので、菓子箱に『おきあがみ』を使用してもいいと思います。お土産などのインバウンド需要を通じて海外にも広めることができればいいですね」(松本さん)

「『おきあがみ』のロゴをつくろうという案も上がっています。ロゴと合わせて『石川県の古紙で作られたおきあがみです』の一文が用紙や紙製品に入っていれば、紙の成り立ちや紙に託した思いを知ってもらうことにつながりますから。今はデジタル化の時代ですが、五感で楽しめる紙の良さを改めて伝えることで、紙に触れる機会を増やし、素材としての良さに気づいてもらえればうれしいです。
今後は当社が主催する金沢ペーパーショウでも『おきあがみ』を展示するとともに、このような紙の持つチカラを発信していきたいと思います」(松田さん)

「おきあがみ」を手にし、その由来を知った人々はさまざまな思いを巡らせるだろう。
資源の循環、CO2排出抑制、地域への愛着、そして、予期せず起こった災害への支援……。
紙を通じたSDGsの実践が、いま新たな一歩を踏み出した。

中川製紙は再生紙の製造を得意とするが、産業用機能紙などが主で情報用紙は「おきあがみ」が初めて。新しいチャレンジとなった

石川県内にはもともとオフィスで発生する古紙の回収ルートがあり、それがこのプロジェクトでも活かされた

ライター 石田 純子

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キッチンでできる和紙づくりを目指して

和紙の産地を尋ねられ、「東京」を思い浮かべる人は少ないだろう。しかし、思い込みに反して東京・上野駅から徒歩圏内にある場所で和紙づくりが行われ、商品に仕立てて販売されていると知ったら、驚くのではないだろうか。

東京・台東区にあるビルの1階に居を構え、東京産の和紙づくりと情報発信を行っているのは東京和紙株式会社代表取締役・篠田佳穂さんだ。自ら和紙を漉くほか、ワークショップの主催や和紙商品の製造・販売も行い、「和紙ラボTOKYO」のブランド名で活動している。

室内には和紙づくりの道具や和紙見本、和紙製バッグや水引アクセサリーなどの商品が所狭しと並び、窓の外にはプランター植えの楮(こうぞ)とトロロアオイが青い葉を繁らせる。楮は和紙の主原料、トロロアオイは紙漉きに用いる粘液「ネリ」の原料であり、決して広くはない建物で、和紙のエッセンスが幅広く体験できるように工夫されている。

「実は東京にも和紙づくりの歴史があるのです」と、篠田さん。江戸時代、浅草を中心に使い古しの和紙を回収して漉き直すことが日常的に行われ、そのような再生紙は「浅草紙」の名前で流通していたという。

和紙づくり体験ワークショップの一幕。小型の道具を使うので、道具と原料を揃えれば自宅のキッチンでも再現できる

ビルの前に置いたプランター栽培の楮。普段の和紙づくりに使う楮は東京・あきる野市産がメイン

篠田さんもそれに倣うように、役目を終えてお祓いを済ませたおみくじを原料にした再生紙を、冒頭で紹介したビルの室内で漉いている。自ら手漉きするだけでなく、ワークショップを開いて希望者に体験してもらうこともあり、参加者は自分の手から紙が生み出せることに新鮮な楽しさを感じているようだ。

おみくじを原料にした和紙には、漉く人の好みに応じて「大吉」などの文言を切り抜き、ワンポイントとして漉き込むこともある。ハンドメイドだからこそできる仕掛けであり、同様の手法を用いて同社では「ガーゼの端切れ」「廃棄寸前の野菜や果物」「猫の抜け毛」などを漉き込んだユニークな和紙を展開してきた。

ガーゼは近隣の天然ガーゼ専門店から、青果は農家や青果店からもらい受け、猫の毛は建物に迷い込んで住み着いた三毛猫の毛を洗浄して使う。そのままでは捨てるしかない物が、紙と組み合わせることによって存在感を増すのが面白い。

「『絆』と『循環』を大切にしたいのです。『和紙』という馴染み深く安全な素材を、原料の生産者や職人さんたちの協力を得て使いやすい形に加工し、使う人へとつなぐ。使い終わったら回収して再生する。その循環の過程で絆ができていく。そんな営みを目指しています」と篠田さん。

和紙を中心とした「循環」に別の面からスポットを当てたのが、楮とトロロアオイを「食べる」提案だ。和紙原料にする楮は太くまっすぐ育てるために、成長途中で脇芽を間引く必要がある。東京和紙ではそこで間引いた脇芽を乾燥させてお茶にしたり、粉にして白あんの風味付けに使い、出来上がった茶菓を供する茶会を、飲食店の協力を得て開催した。

また、トロロアオイはもともと実が生産地で食されており、篠田さんはそれをヒントに、実を使ったレシピの提案を行っている。いずれも和紙原料の廃棄を減らす工夫だ。

今後はブランド名にある「ラボ」の原点に立ち返り、「和紙で何ができるか」という追究をいっそう深めていきたいという。試作中の、織物への加工を意図した「紙糸」や、色付き和紙をミキサーなどで細かくし、水とネリを加えて液状にした「和紙インク」の存在はその表れとも取れる。和紙インクは和紙に絵を描くのに使え、漉き直し以外の和紙の新たな再生法として考案された。

「和紙は衣食住のいずれにも関わる存在です。和紙づくりを通して衣食住を自分の手で生み出すことの楽しさを実感し、紙のライフサイクルを知れば、それがよりよい暮らしにつながります。それは遠くに行かなくても東京で体験できますし、ちょっとした道具と原料を揃えれば自宅のキッチンでも紙漉きができます。料理するのと同じくらい気軽に和紙がつくれることを伝えていきたいですね」と、篠田さん。

今後は職人の領域だと思われていた和紙の知識やつくり方を、一般の人にもわかりやすく伝え、実践できるように導く「つなぎ」の役割を自身が担っていきたいという。

古い時代から人々の身近にあり続けた「紙」。その成り立ちを体験することは、私たちの視野を一回り大きく広げてくれることだろう。

左から、ガーゼ、ブドウ、猫の抜け毛を漉き込んだ和紙。廃棄寸前の物が活かされている

  

和紙原料のトロロアオイを「食べる」提案。オクラに似た実を使った3皿と、右上は花びらの酢漬けの手まり寿司

ライター 石田 純子

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日本紙パルプ商事は、2023年10月27日に「OVOL Bridges 2023 ~The 2nd Paper Merchants Forum~」を、パレスホテル東京にて開催しました。2018年に続く2回目の開催となる本フォーラムでは、当社の顧客であり、重要なビジネスパートナーである全国の紙卸商の経営者をお招きし、「卸商経営の今後の課題」と「紙の役割と価値を発見・再認識する」をテーマに、有識者によるセミナー、出版・教育、カタログ、パッケージ分野において紙を使用されている経

営者の方々によるパネルディスカッションなど、多様な切り口から情報発信を行ったほか、紙卸商経営者による座談会を行い、最後に当社としての「紙の価値普及に向けた今後の取り組み」について表明を行いました。第1回を上回る455名の皆様にご参加いただき約半日にわたって開催された本フォーラムの様子をお届けします。

会場の様子

当社社長渡辺による主催者代表挨拶

第1部
「経営者セミナー」

第1部では各界から3名の有識者をお招きし、「生産性向上と人的資本経営」「DXによる事業変革」「バックキャストによる経営戦略」など、卸商経営者の皆様にとって有益なテーマについてご講演いただきました。

翁 百合 様
㈱日本総合研究所
理事長
「日本の非製造業の抱える課題と今後の方向 ―生産性向上と人的資本経営」

今井 康之 様
ソフトバンク㈱
代表取締役副社長兼COO
「デジタル化時代の紙卸商―DXがもたらす事業変革への道」

宮原 博昭 様
㈱学研ホールディングス
代表取締役社長
「事業承継問題とM&A経営~V字回復への道 バックキャストによる課題解決と目的達成」

第2部
「パネルディスカッション」

出版・教育、カタログ、パッケージ等、多様な分野で紙を使用されている4名の企業経営者にご登壇いただき、「紙の機能・役割が生み出す価値の再認識」をテーマに、各社の具体的な事例を交えながらパネルディスカッションを行いました。進行役として、当社企画本部の佐々木が参加しました。

パネルディスカッションは「紙の機能・役割が生み出す価値について」というテーマを皮切りに幕を開けました。4名の登壇者により、各社の事例やデジタル化の影響等も交えながら、多様な視点から紙の価値についてご意見をいただきました。プログラム後半は「紙の価値を拡げていくために行うべき取り組み」を議論する場となりました。各テーマに対する登壇者のご意見や取り組みを、抜粋してご紹介いたします。

登壇者 テーマ
「紙の機能・役割が生み出す価値について」
テーマ
「紙の価値を拡げていくために行うべき取り組み」
小野寺社長 紙にこだわった文芸誌「spin / スピン」の刊行を2022年より開始(画像1)。文芸誌としては異例の各号1万9千部を発行しており、紙ならでの「手触り」が若い人にも評価されている 今の若い人たちにとって、書店に行き、紙の本を読むという行為は当たり前ではない。「BOOK MEETS NEXT」(画像2)をはじめとする書店へと足を運ぶきっかけ作りとなる取り組みを、出版社と取次会社が一丸となり積極的に行っていく
宮原社長 学習面においては、算数のひっ算の「書く」行為や国語の「読む」行為などに、デジタルよりも紙が優位に働く面があると感じている 日本人の約半数が「1カ月に1冊も本を読まない」というデータがある。読書量がトップになれば、紙の需要は今よりも増える。日本人の読書量・勉強量を増やしていきたい
村田社長 紙はデジタルと比較した際に俯瞰性に優れた媒体である。また、模造紙やポストイットを使用するワークショップにおいては、紙というフィジカルな物体だからこそ誘発する人と人とのコミュニケーションがあると実感している 今回紙卸商の社員向けに実施したワークショップ(画像3)では「紙を大量に流通させること」への意識が強い点が気になった。「10年後に紙を使うユーザーをいかに増やすか」に意識を向け、紙のよさを伝える「紙育」を行っていくことが大切
矢野社長 紙パックウォーターは、アルミやペットボトルと比較した際に環境負荷の低さの他、減容率の高さやリサイクル性の良さが紙素材のパッケージのメリットである。加えて、肌触りの良さ、アート性といったところにも紙の価値を感じる 他業種からも紙素材のパッケージングについて問い合わせが届くなど、紙のリサイクル性はまだまだ知られていない印象。業界が一丸となり、より強く世の中へと発信していくことが必要

(画像1)紙にこだわった文芸誌「スピン」(河出書房新社)

(画像2)本との新しい出会いを届けるイベント「BOOK MEETS NEXT」

(画像3)紙卸商各社の若手が参加したワークショップ
(協力:デジタル・アド・サービス)

パネリストの皆様の深い見識を受け、当社佐々木からは「紙を扱う会社として、今一度紙という素材に誇りを持ち、紙流通業界全体が一丸となり今後の紙の普及に向けた取り組みに力を入れていきたい」との決意が述べられ、約1時間に及ぶ第2部は幕を閉じました。

第3部
「交流座談会」

「紙の価値を広めるための取り組みについて」をテーマに、各地からお集まりいただいた5名の紙卸商経営者にご登壇いただき、当社社長渡辺も交え、意見交換を行いました。進行役として、当社卸商・印刷営業本部 松浦が参加いたしました。

本座談会は、「紙の価値は果たして世の中へと伝わっているのか」という問題意識、および「紙の価値の普及活動の必要性を参加者の皆様と一緒に考える機会を設けたい」という当社の想いをもとにテーマを設定しました。座談会は2023年7月に当社が実施した「消費者の紙に関する意識調査」のアンケート結果をもとに進行しました。本アンケートは、関東・中部・関西に居住する20~60代の男女900名を対象に、「紙とデジタルの比較」「プラスチックの代替素材となる紙」など、生活・教育・環境にまつわる11項目を調査したものです。アンケート結果からは、幼児教育においてはデジタルと比較した際に紙媒体の好感度が高いといった消費者意識のほか、まだまだ紙がサステナブルな素材であるということは認知されていないという実態が浮かび上がりました。
これらの結果を受け、大丸の藤井会長からは「タブレット端末の普及やテレワークといった働き方の多様化を考えると、OA用紙をはじめ紙の使用量が増えるということは難しいことを実感している。紙の持つ『親しみ易さ』が、紙が使われ続ける理由になるほか、紙の環境性の高さをより世の中へと周知していきたい」との発言が、また、永井会長からは「一般の方には『紙は木を切って作られる素材』というイメージが根強いことが理解できる。大学の寄付講座や小学校の工場見学などをはじめ、業界として継続的な取り組みを展開することが重要である」とのご意見をいただきました。
その後、実際に登壇者の皆様が実施されている社会に向けた紙の価値普及と啓蒙に関する取り組みをご紹介いただきました。以下に3社の取り組みを抜粋のうえご紹介します。

    
    

第3部 交流座談会の様子

アンケート「消費者の紙に関する意識調査」より

「昨年から『形を目指さない工作室 チョキぺタス』を開催しています。紙を中心に、布や紐、カプセルといった端材を材料として、子どもたちに好きなように工作してもらう取り組みです。あえて形を目指さないことを大事にし、子どもたちの独創性を引き出し、リアルな体験を提供しています」(中庄・中村社長)

「地元愛知県の小牧市・豊山町の配布教材『小学生のためのお仕事ノート』に自社の物流センターや紙の加工工程について掲載いただいています。工場見学も受け入れており、課外学習の一環として紙商の仕事に興味をもってもらえるような機会づくりを行っています」(アクアス・大河内社長)

「熊本地震後に設立されたスーパーウーマンプロジェクトと2017年にコラボし、雇用創出と紙の新たな活用の方法を探るべく、ギフト用の紙製の花『スーパーフラワー』を開発しました。特に紙製の胡蝶蘭は生花と違い贈答後も枯れないという特性が評価され、徐々に売上も伸びています。また、この活動に伴い、スーパーフラワー協会を設立し、講習を通じての作り手の育成にも取り組んでいます」(レイメイ藤井・藤井社長)

紙の需要減少に対して問題意識を持ち、知恵と工夫を持って対峙されている各社の取り組みについて、参加者の方々も熱心に耳を傾けておられました。
その後、松浦より当社が今後行っていく紙の価値普及に向けた3つの取り組みについて表明を行いました。

紙にオモイを乗せ形作る「形を目指さない工作室 チョキぺタス」の開催(中庄株式会社)

「小学生のためのお仕事ノート・2023年度版」に自社の仕事内容・紙が地球にやさしい素材であることを掲載(株式会社アクアス)

NPO団体とコラボし、新しい紙製のギフトフラワー「スーパーフラワー」を開発(株式会社レイメイ藤井)

日本紙パルプ商事の取り組み表明

プログラム全体の締めくくりとして、当社社長渡辺が「紙の持つ機能・役割・価値をいろいろな場面で発信してきたが、本フォーラムを通じて多くの皆様から貴重なご意見を頂戴し、改めて紙の価値について再認識する機会となった。我々紙流通業界が一丸となり、アクションを起こすことで、世の中に埋もれている潜在的な紙の需要を掘り起こしていくとともに、人的資本経営やDXを推進し、その経験や成果を卸商の皆様にも共有のうえ業界に貢献していく」との、本フォーラムに対する所感と今後の取り組みに対する決意を述べ、第3部は幕を閉じました。

会場展示

会場前のホワイエでは、製紙メーカーやお取引先、また、当社グループが提案する環境対応商材の展示コーナーを設置しました。参加者の皆様が展示を眺めながら、担当者と熱心に商材に関する情報を交換する姿が見られました。

また、入口には愛媛県立三島高等学校書道部による「紙」の文字を使った書道作品を展示しました。「私紙(わたし、わたくし、わたくしのかみ)」「紙道(しどう、かみのみち)」は、いずれも日本紙パルプ商事が紙の魅力を伝え、広めるという意味を込めて作った造語です。本フォーラム用に特別に制作いただいた二つの作品が、会場に華を添えました。

日本紙パルプ商事は、今後も紙の価値向上に向けて社会に積極的に提案・発信を行うとともに、このような取り組みを当社の企業価値向上につなげてまいります。

※2018年に開催致しました第1回 フォーラム「OVOL Bridges 2018 ~Paper Merchants Forum~」概要は下記の通りです

開催日:2018年11月29日(木) 会場:日本橋三井ホール 参加者数:326名

● 第1部パネルディスカッション「海外における紙卸商の取組を知る」
当社海外グループ会社の経営者5名をパネリストとして、各市場における価格決定プロセスや、新規事業の取り組み等各社における施策や事例を紹介しました。
● 第2部プレゼンテーション「紙業界の業務効率化へのソリューション」
㈱JP情報センター(現OVOL ICTソリューションズ㈱)、アライズイノベーション㈱より、業務効率化のためのITソリューションをテーマとして、AIによるデータ入力支援サービス等各社の事例を詳しく紹介しました。

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