近年、小・中・高校生の間に「1人1台のタブレット所持」が浸透している。発端は2019年に文部科学省が発表した「GIGAスクール構想」で、翌年のコロナ禍による休校が影響し、授業や連絡用として電子端末を配布する学校が急増した。
電子端末は適したアプリを用いることで、一人ひとりの習熟度に合わせた学習がしやすく、子供たちの評判もよい。しかし、学校の中で実施される中間・期末テストは、今もテスト用紙に鉛筆で書き込む形で行われている。
教育工学・情報科学の研究者で、後述するテスト採点ソフト「EdLog クリップ採点支援システム」を開発した中川哲さんによれば、その理由は明白だ。
「パソコンやタブレットでテストを行う場合、後ろの席から画面が見えてしまいますよね。カンニングを防ぐには席を仕切るなど大掛かりな準備が必要ですし、機器トラブルで試験が中断される可能性もあります。復習代わりの小テストなら電子端末でよいのですが、公正さと安定性が要求される定期考査は、今のところ紙のテストが適しているのです」(中川さん)
加えて、これまで紙ベースで問題作成を行ってきた教員にとり、テストをCBT(コンピュータ・ベースド・テスト。コンピュータを使った試験形式)に切り替えるとなれば、問題作成からテストの実施に至る多くの作業工程を大幅に変える必要があり、ただでさえ長時間労働が問題となっている教育現場にさらなる負担を強いる点で、現実的ではない。
もちろん、紙のテストにも難点はある。CBTが採点と集計を自動化できるのに対し、紙のテストはいずれも手作業で行うため、実施後に時間と手間がかかることだ。
そのような事情を汲み、中川さんは学校で行われるテストの採点を効率化するソフト「EdLog クリップ採点支援システム」を開発した。紙のテストをスキャナで読み取り、パソコン上で採点するシステムである。
特徴的な「クリップ採点」は、複数のテスト用紙の同じ設問を同一画面に並べて採点する方式のこと。採点基準がブレにくく、誤答パターンが把握しやすいので、テスト後の指導に活かせるという長所がある。解答用紙に指導コメントや模範解答を添える機能も充実しており、生徒は返却された解答用紙を見て、自分が何を強化すべきか容易に把握できる仕組みだ。
そしてパソコン上での採点が終わると同時に、個々の解答用紙の得点計算はもちろん、全体の集計と台帳への記録が行われ、返却用となる解説付きの解答用紙が出来上がる。
こうして採点の質を上げながら教員の負荷は大幅に軽減し、指導の時間を生み出すのが、このソフトウェアのコンセプトだ。別の言い方をすれば、紙のテストを活かしながら採点業務をICT化することで、教員の働き方改革と、生徒一人ひとりに寄り添った教育を両立させる試みであると言える。
ところで、テストに限定せず学習全般に目を向けたとき、「紙とデジタル」、どちらが学習効果が上がるのだろうか。教育分野の研究論文を多数発表している中川さんに尋ねてみた。
「それは学力をどう定義するかによります。単語を覚える行為に限定すれば、紙に書いて覚えるほうが定着率が高いとした調査もありますが、そこで問われているのは『単語の記憶力』のみ。それだけが学力ではないですし、もちろん個人差もあります。大多数が『紙のほうがよい』と感じた条件下でも、1人が『電子端末のほうがよい』と思えば、その人は電子端末で学習した方がよいでしょう。ある方法が高い平均値を出したからといって、その方法をすべての人に当てはめるのはナンセンス。異なる教育環境や選択可能な方法をいくつか用意して、学習者が自身に適したものを選びとる、そうした『個別最適学習』が今後の潮流になっていくと思います」(中川さん)
学校の勉強といえば一斉指導が当たり前で「個別最適学習」を耳慣れないと感じる世代には、考え方の大転換を迫られる話だ。一方、紙とデジタルの使い分けについて、その世代でも共感できるエピソードを中川さんが教えてくれた。
「『EdLog クリップ採点支援システム』では、テスト返却をデジタルデータとプリントアウトした紙の2通りから選べるのですが、ある学校で行った調査では、子供たちの半数が『デジタルデータだけでよい』、残りの半数が『デジタルデータと紙の両方が欲しい』と答えたそうです。なぜかというと、例えばスポーツ競技を頑張って優勝したとき、その賞状がデジタルデータだけだったらガッカリしませんか。紙が必要な場面はやっぱりあるんですよね」(中川さん)
実体をもち、五感を通じて感情を揺さぶる紙ならではの役割がある。教育においても多様化が進む今、既成概念を取り払って紙の役割をもう一度考えてみることが、私たちには必要だ。そこで再定義された役割が、これからの社会をつくる一助になるだろう。
ライター 石田 純子
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日本紙パルプ商事 広報IR室 TEL 03-5548-4026
歯ブラシやコームなど、ホテルや温泉に用意されたアメニティは、多くがプラスチック製である。コームは滅菌して再利用されることもあるが、歯ブラシは衛生上、使い捨てとなるため、捨てるときに小さな罪悪感をおぼえる人も少なくないのではないか。
そこにひとつの解決をもたらしたのが、紙製のアメニティである。歯ブラシ、コーム、靴べらがあり、歯ブラシのブラシ部分はヒマシ油を原料とする生分解性のバイオマス素材、他は個包装に至るまですべて紙でできている。紙でできた歯ブラシが製品として出回るのはこれが世界初だという。
いずれも使用するのに充分な硬さがあり、紙だからといって力加減を気にする必要はない。靴べらやコームは何度も使え、水に濡れる歯ブラシも3、4回は使える。素材は水に強い種類の紙を合紙したもので、ラミネートなどはされてなく、石油由来の樹脂は一切含まれていない。
紙製アメニティの開発・製造を行ったのは株式会社エステック(埼玉県和光市)である。宿泊施設やゴルフ場での使用を想定して開発し、量産体制が整ったのが2024年4月。それとほぼ同時に、歯ブラシは日本航空のラウンジで採用された。日本航空では2025年までに新規石油由来のプラスチック使用を全廃するという目標を掲げており、その目標に合致したためである。
「歯ブラシ自体はラウンジや機内の必需品として、廃止するわけにはいかず、竹製歯ブラシなども検討されたようです。しかし、結果的には私たちの紙製歯ブラシが採用されました」と説明するのは、エステックの代表取締役・坂本学さんである。
もともと同社には紙製品などの高度な加工技術と設備があり、アメニティ製造にもそれが活かされた。例えば歯ブラシの植毛時に許容される型抜きの精度誤差は±0.2ミリ以内。また、口内に触れるので、安全性の高い原紙を使用するのはもちろん、製造は個包装を終えるまで自社のクリーンルーム内で行う。さらに切断面のエッジが極力鋭くならないカット法を用いるなど、安全への配慮は万全だ。
「紙製アメニティはいずれも4月から各所に提供を開始しましたが、今のところノークレームです」と、坂本さんは胸を張る。さらに反響が予想以上に大きかったことから、製造機械を増設し、生産量を当初計画の10倍に増強した。
現在は北米、ヨーロッパ、オーストラリアをはじめ海外への展開を計画中で、サンプルを提供しつつ商談を進めている。これらはすべてコンポスト化(土中に埋めて土に還す)が可能なため、ごみ処理をコンポストで行うことの多い欧米では特に興味を持たれるという。
「まず、紙製であることに驚かれ、次にコンポスト化が可能かどうかを聞かれるのですが、その際に『一部を除けばできる』といった条件つきの答えではダメなんですね。『100%できる』と言えなければそこで終わり。その点、このアメニティなら、個包装も含めて紙とバイオマス素材だけでできているので、自信をもって『コンポスト化できる』と言えるのです」(坂本さん)
紙であることの良さを最大限に活かし、アピール材料にして海外展開を目指すため、交通の便のよいマレーシアに拠点を置いて販売網を広げる計画も着々と進めているという。日本発の紙製アメニティが海を渡り、世界へ広がっていく様子は、想像するだけでワクワクさせられる。
ライター 石田 純子
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近年の大学では、洒落たカフェやレストランを敷地内に設け、一般に開放していることがある。しかし、これほどまでに特徴的で、教育内容とリンクしている例は珍しいのではないか。
芝浦工業大学・豊洲キャンパス(東京都江東区)にあるレストランは、紙管をふんだんに用いたインテリアが目を引く。天井や間仕切り、カウンター下などの内装のほか、椅子やテーブルなどの家具にも大小さまざまな紙管が用いられ、素朴にも未来的にも感じられる新感覚の空間を生み出している。
滑らかで温かみのある紙管は触れると心地よく、紙が音の反響を適度に抑えるのか、BGMや人の話し声が柔らかく聞こえる。江戸組子を連想させる天井や間仕切りの意匠はとりわけ美しく、紙管にこのような使い方があったのかと驚かされる。
設計したのは坂 茂(ばん しげる)さん。世界的に評価されている建築家で、紙管を用いた仮設住宅や災害避難所で知られる。坂さんが同大学の建築学部で特別招聘教授を務めていることから、このレストランと、隣接するカフェの設計を担当した。
建設計画に立ち会った芝浦工業大学事務局長・満重信之さんは、坂さんへの依頼にあたり、紙管の耐久性が気になって尋ねてみたという。
「坂先生によれば、紙管は防水加工をすれば恒久的な建物に使ってもまったく問題ないそうです。それなら本学が力を入れているSDGsの実践にも合致するので、ぜひということでお願いしました」(満重さん)
計画段階から関係者の興味の的となった紙管の建物は、建築学部やデザイン工学部の学生たちも設計を手伝い、2022年秋に完成した。以来、学生や教職員はもちろん、地域の人々も日常的に訪れる憩いの場となっている。
普段の食事や休憩のほか、学会の打ち上げやゼミ・研究室のメンバーによる食事会など、ちょっとしたイベントにも対応できる点が好評で、見学に訪れる建築事業者や店舗運営者も多いという。また紙管が使われているという珍しさからか各種媒体で取り上げられるなど、広報活動にもプラスに働いている。
「『工業大学』と聞くと、油まみれになって機械に向き合う様子を想像する人が多いかもしれません。しかし本学はそれだけでなく、最先端の科学を取り入れ、さまざまな素材を扱う、幅も奥行きも広い教育を行っています。だからこそキャンパスの一部を開放し、媒体なども通してこの紙管の建物をさまざまな人に知ってもらい、古い固定観念を取り払って工業の面白さに目覚めてほしいのです」(満重さん)
同大学では創立100周年を迎える2027年までに、現在26.6%である女子学生の比率を30%以上にするという目標を掲げている。また、理工系私立大学で唯一、文部科学省による「スーパーグローバル大学」の認定を受けており、海外留学生の受け入れに注力している。
それだけに、多様な若者に同大学の存在を知らしめ、志望してもらうきっかけにつながる「紙管のレストラン」への期待は高い。
大学はもはや象牙の塔ではない。教育や研究を地域・社会・世界に開き、取り込んでいく柔軟さをもった存在になりつつある。それを示すため、慣れ親しんでいるはずなのに意外な使い方ができる紙が、さらなる知への入り口を広げ、探究心を育む存在として、人々を呼び寄せている。
ライター 石田 純子
写真 ©︎Hiroyuki Hirai
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「そもそもの発端は店舗サービスで発生するミスコピーなどの紙です。それを見るたびにもったいないと思い、モヤモヤしていました」と語るのは、松本由美子さん。キンコーズ・ジャパン株式会社事業推進グループの担当マネージャーである。
同社は都市部を中心とした国内各地に店舗を構え、顧客のビジネスニーズに即したサービスを展開している。中でもオンデマンド印刷サービスは需要が多く、そこでやむなく発生する反故紙は、顧客のビジネス文書という性質上、秘匿性を保ちながら処理する必要があるが、同社が付き合いのある再生紙工場(製紙工場)がある大阪近辺を除き、リサイクルできるルートが確立されていなかった。
かといって、各地の店舗でストックした古紙を大阪まで運ぶのは、輸送過程のCO2排出が懸念され、有効な手立てとはいえない。リサイクルルートの距離を縮めるには、地域ごとに古紙を回収し、その地で再生紙にして活用するルートを新たに作ればいいのではないか。
そのような「紙の地産地消」を構想し、条件に合う地域として松本さんが白羽の矢を立てたのが、石川県だった。
石川県にはキンコーズ・金沢尾山神社前店(金沢市)があるだけでなく、江戸末期創業で県内に幅広いネットワークをもつ紙卸商・株式会社中島商店(金沢市)、再生紙を得意とする製紙会社の中川製紙株式会社(白山市)がある。
さっそく松本さんは中島商店に声をかけ、環境事業部マネージャーの松田修さんに「紙の地産地消という夢物語」を語った。すると石川県内にオフィス用紙を対象にした、プロジェクトにうってつけの古紙回収ルートが確立していることが判明した。
古紙回収のルート、再生紙を製造できる製紙会社、県内屈指の紙卸商が揃い、松本さんが思い描く「夢物語」は一気に現実に近づく。
3社による「石川県 紙の地産地消プロジェクト」と称するこの試みは順調に進行し、石川県内の古紙を原料とするオリジナル再生紙が2023年11月に完成した。お披露目を兼ねて再生紙の名称の公募も行い、12月下旬に締め切った時点では全国から364点ものネーミング案が寄せられていた。
ところが2024年元日に能登半島地震が発生。多大な被害が発生する中、石川県内の各企業は地震の影響による混乱を免れることはできなかったが、「むしろこんなときだからこそ、プロジェクトを進めて地域経済の復興に貢献しよう」と、関係者は思いを新たにしたという。
1月に行われたオリジナル再生紙の名称選考では、伝統工芸品の「加賀八幡起上り」にちなんだ「おきあがみ」のネーミング案が、地震復興の願いに通じるとして注目を集め、満場一致で決定した。
この「おきあがみ」はキンコーズ・金沢尾山神社前店の印刷サービスに使用するほか、中島商店が中心となって販売会社を探し、情報用紙やパッケージ用紙として活用していくことが想定されている。また、売上金の一部を能登半島地震の被災地支援の義援金として寄付することも決定した。
「石川県は和菓子づくりの伝統があるので、菓子箱に『おきあがみ』を使用してもいいと思います。お土産などのインバウンド需要を通じて海外にも広めることができればいいですね」(松本さん)
「『おきあがみ』のロゴをつくろうという案も上がっています。ロゴと合わせて『石川県の古紙で作られたおきあがみです』の一文が用紙や紙製品に入っていれば、紙の成り立ちや紙に託した思いを知ってもらうことにつながりますから。今はデジタル化の時代ですが、五感で楽しめる紙の良さを改めて伝えることで、紙に触れる機会を増やし、素材としての良さに気づいてもらえればうれしいです。
今後は当社が主催する金沢ペーパーショウでも『おきあがみ』を展示するとともに、このような紙の持つチカラを発信していきたいと思います」(松田さん)
「おきあがみ」を手にし、その由来を知った人々はさまざまな思いを巡らせるだろう。
資源の循環、CO2排出抑制、地域への愛着、そして、予期せず起こった災害への支援……。
紙を通じたSDGsの実践が、いま新たな一歩を踏み出した。
ライター 石田 純子
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和紙の産地を尋ねられ、「東京」を思い浮かべる人は少ないだろう。しかし、思い込みに反して東京・上野駅から徒歩圏内にある場所で和紙づくりが行われ、商品に仕立てて販売されていると知ったら、驚くのではないだろうか。
東京・台東区にあるビルの1階に居を構え、東京産の和紙づくりと情報発信を行っているのは東京和紙株式会社代表取締役・篠田佳穂さんだ。自ら和紙を漉くほか、ワークショップの主催や和紙商品の製造・販売も行い、「和紙ラボTOKYO」のブランド名で活動している。
室内には和紙づくりの道具や和紙見本、和紙製バッグや水引アクセサリーなどの商品が所狭しと並び、窓の外にはプランター植えの楮(こうぞ)とトロロアオイが青い葉を繁らせる。楮は和紙の主原料、トロロアオイは紙漉きに用いる粘液「ネリ」の原料であり、決して広くはない建物で、和紙のエッセンスが幅広く体験できるように工夫されている。
「実は東京にも和紙づくりの歴史があるのです」と、篠田さん。江戸時代、浅草を中心に使い古しの和紙を回収して漉き直すことが日常的に行われ、そのような再生紙は「浅草紙」の名前で流通していたという。
篠田さんもそれに倣うように、役目を終えてお祓いを済ませたおみくじを原料にした再生紙を、冒頭で紹介したビルの室内で漉いている。自ら手漉きするだけでなく、ワークショップを開いて希望者に体験してもらうこともあり、参加者は自分の手から紙が生み出せることに新鮮な楽しさを感じているようだ。
おみくじを原料にした和紙には、漉く人の好みに応じて「大吉」などの文言を切り抜き、ワンポイントとして漉き込むこともある。ハンドメイドだからこそできる仕掛けであり、同様の手法を用いて同社では「ガーゼの端切れ」「廃棄寸前の野菜や果物」「猫の抜け毛」などを漉き込んだユニークな和紙を展開してきた。
ガーゼは近隣の天然ガーゼ専門店から、青果は農家や青果店からもらい受け、猫の毛は建物に迷い込んで住み着いた三毛猫の毛を洗浄して使う。そのままでは捨てるしかない物が、紙と組み合わせることによって存在感を増すのが面白い。
「『絆』と『循環』を大切にしたいのです。『和紙』という馴染み深く安全な素材を、原料の生産者や職人さんたちの協力を得て使いやすい形に加工し、使う人へとつなぐ。使い終わったら回収して再生する。その循環の過程で絆ができていく。そんな営みを目指しています」と篠田さん。
和紙を中心とした「循環」に別の面からスポットを当てたのが、楮とトロロアオイを「食べる」提案だ。和紙原料にする楮は太くまっすぐ育てるために、成長途中で脇芽を間引く必要がある。東京和紙ではそこで間引いた脇芽を乾燥させてお茶にしたり、粉にして白あんの風味付けに使い、出来上がった茶菓を供する茶会を、飲食店の協力を得て開催した。
また、トロロアオイはもともと実が生産地で食されており、篠田さんはそれをヒントに、実を使ったレシピの提案を行っている。いずれも和紙原料の廃棄を減らす工夫だ。
今後はブランド名にある「ラボ」の原点に立ち返り、「和紙で何ができるか」という追究をいっそう深めていきたいという。試作中の、織物への加工を意図した「紙糸」や、色付き和紙をミキサーなどで細かくし、水とネリを加えて液状にした「和紙インク」の存在はその表れとも取れる。和紙インクは和紙に絵を描くのに使え、漉き直し以外の和紙の新たな再生法として考案された。
「和紙は衣食住のいずれにも関わる存在です。和紙づくりを通して衣食住を自分の手で生み出すことの楽しさを実感し、紙のライフサイクルを知れば、それがよりよい暮らしにつながります。それは遠くに行かなくても東京で体験できますし、ちょっとした道具と原料を揃えれば自宅のキッチンでも紙漉きができます。料理するのと同じくらい気軽に和紙がつくれることを伝えていきたいですね」と、篠田さん。
今後は職人の領域だと思われていた和紙の知識やつくり方を、一般の人にもわかりやすく伝え、実践できるように導く「つなぎ」の役割を自身が担っていきたいという。
古い時代から人々の身近にあり続けた「紙」。その成り立ちを体験することは、私たちの視野を一回り大きく広げてくれることだろう。
ライター 石田 純子
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日本紙パルプ商事 広報室 TEL 03-5548-4026
日本紙パルプ商事は、2023年10月27日に「OVOL Bridges 2023 ~The 2nd Paper Merchants Forum~」を、パレスホテル東京にて開催しました。2018年に続く2回目の開催となる本フォーラムでは、当社の顧客であり、重要なビジネスパートナーである全国の紙卸商の経営者をお招きし、「卸商経営の今後の課題」と「紙の役割と価値を発見・再認識する」をテーマに、有識者によるセミナー、出版・教育、カタログ、パッケージ分野において紙を使用されている経
営者の方々によるパネルディスカッションなど、多様な切り口から情報発信を行ったほか、紙卸商経営者による座談会を行い、最後に当社としての「紙の価値普及に向けた今後の取り組み」について表明を行いました。第1回を上回る455名の皆様にご参加いただき約半日にわたって開催された本フォーラムの様子をお届けします。
会場の様子
当社社長渡辺による主催者代表挨拶
総合司会を務めて頂いた内田恭子氏
第1部では各界から3名の有識者をお招きし、「生産性向上と人的資本経営」「DXによる事業変革」「バックキャストによる経営戦略」など、卸商経営者の皆様にとって有益なテーマについてご講演いただきました。
翁 百合 様
㈱日本総合研究所
理事長
「日本の非製造業の抱える課題と今後の方向 ―生産性向上と人的資本経営」
今井 康之 様
ソフトバンク㈱
代表取締役副社長兼COO
「デジタル化時代の紙卸商―DXがもたらす事業変革への道」
宮原 博昭 様
㈱学研ホールディングス
代表取締役社長
「事業承継問題とM&A経営~V字回復への道 バックキャストによる課題解決と目的達成」
出版・教育、カタログ、パッケージ等、多様な分野で紙を使用されている4名の企業経営者にご登壇いただき、「紙の機能・役割が生み出す価値の再認識」をテーマに、各社の具体的な事例を交えながらパネルディスカッションを行いました。進行役として、当社企画本部の佐々木が参加しました。
パネルディスカッションは「紙の機能・役割が生み出す価値について」というテーマを皮切りに幕を開けました。4名の登壇者により、各社の事例やデジタル化の影響等も交えながら、多様な視点から紙の価値についてご意見をいただきました。プログラム後半は「紙の価値を拡げていくために行うべき取り組み」を議論する場となりました。各テーマに対する登壇者のご意見や取り組みを、抜粋してご紹介いたします。
登壇者 | テーマ 「紙の機能・役割が生み出す価値について」 |
テーマ 「紙の価値を拡げていくために行うべき取り組み」 |
---|---|---|
小野寺社長 | 紙にこだわった文芸誌「spin / スピン」の刊行を2022年より開始(画像1)。文芸誌としては異例の各号1万9千部を発行しており、紙ならでの「手触り」が若い人にも評価されている | 今の若い人たちにとって、書店に行き、紙の本を読むという行為は当たり前ではない。「BOOK MEETS NEXT」(画像2)をはじめとする書店へと足を運ぶきっかけ作りとなる取り組みを、出版社と取次会社が一丸となり積極的に行っていく |
宮原社長 | 学習面においては、算数のひっ算の「書く」行為や国語の「読む」行為などに、デジタルよりも紙が優位に働く面があると感じている | 日本人の約半数が「1カ月に1冊も本を読まない」というデータがある。読書量がトップになれば、紙の需要は今よりも増える。日本人の読書量・勉強量を増やしていきたい |
村田社長 | 紙はデジタルと比較した際に俯瞰性に優れた媒体である。また、模造紙やポストイットを使用するワークショップにおいては、紙というフィジカルな物体だからこそ誘発する人と人とのコミュニケーションがあると実感している | 今回紙卸商の社員向けに実施したワークショップ(画像3)では「紙を大量に流通させること」への意識が強い点が気になった。「10年後に紙を使うユーザーをいかに増やすか」に意識を向け、紙のよさを伝える「紙育」を行っていくことが大切 |
矢野社長 | 紙パックウォーターは、アルミやペットボトルと比較した際に環境負荷の低さの他、減容率の高さやリサイクル性の良さが紙素材のパッケージのメリットである。加えて、肌触りの良さ、アート性といったところにも紙の価値を感じる | 他業種からも紙素材のパッケージングについて問い合わせが届くなど、紙のリサイクル性はまだまだ知られていない印象。業界が一丸となり、より強く世の中へと発信していくことが必要 |
(画像1)紙にこだわった文芸誌「スピン」(河出書房新社)
(画像2)本との新しい出会いを届けるイベント「BOOK MEETS NEXT」
(画像3)紙卸商各社の若手が参加したワークショップ
(協力:デジタル・アド・サービス)
パネリストの皆様の深い見識を受け、当社佐々木からは「紙を扱う会社として、今一度紙という素材に誇りを持ち、紙流通業界全体が一丸となり今後の紙の普及に向けた取り組みに力を入れていきたい」との決意が述べられ、約1時間に及ぶ第2部は幕を閉じました。
「紙の価値を広めるための取り組みについて」をテーマに、各地からお集まりいただいた5名の紙卸商経営者にご登壇いただき、当社社長渡辺も交え、意見交換を行いました。進行役として、当社卸商・印刷営業本部 松浦が参加いたしました。
本座談会は、「紙の価値は果たして世の中へと伝わっているのか」という問題意識、および「紙の価値の普及活動の必要性を参加者の皆様と一緒に考える機会を設けたい」という当社の想いをもとにテーマを設定しました。座談会は2023年7月に当社が実施した「消費者の紙に関する意識調査」のアンケート結果をもとに進行しました。本アンケートは、関東・中部・関西に居住する20~60代の男女900名を対象に、「紙とデジタルの比較」「プラスチックの代替素材となる紙」など、生活・教育・環境にまつわる11項目を調査したものです。アンケート結果からは、幼児教育においてはデジタルと比較した際に紙媒体の好感度が高いといった消費者意識のほか、まだまだ紙がサステナブルな素材であるということは認知されていないという実態が浮かび上がりました。
これらの結果を受け、大丸の藤井会長からは「タブレット端末の普及やテレワークといった働き方の多様化を考えると、OA用紙をはじめ紙の使用量が増えるということは難しいことを実感している。紙の持つ『親しみ易さ』が、紙が使われ続ける理由になるほか、紙の環境性の高さをより世の中へと周知していきたい」との発言が、また、永井会長からは「一般の方には『紙は木を切って作られる素材』というイメージが根強いことが理解できる。大学の寄付講座や小学校の工場見学などをはじめ、業界として継続的な取り組みを展開することが重要である」とのご意見をいただきました。
その後、実際に登壇者の皆様が実施されている社会に向けた紙の価値普及と啓蒙に関する取り組みをご紹介いただきました。以下に3社の取り組みを抜粋のうえご紹介します。
「昨年から『形を目指さない工作室 チョキぺタス』を開催しています。紙を中心に、布や紐、カプセルといった端材を材料として、子どもたちに好きなように工作してもらう取り組みです。あえて形を目指さないことを大事にし、子どもたちの独創性を引き出し、リアルな体験を提供しています」(中庄・中村社長)
「地元愛知県の小牧市・豊山町の配布教材『小学生のためのお仕事ノート』に自社の物流センターや紙の加工工程について掲載いただいています。工場見学も受け入れており、課外学習の一環として紙商の仕事に興味をもってもらえるような機会づくりを行っています」(アクアス・大河内社長)
「熊本地震後に設立されたスーパーウーマンプロジェクトと2017年にコラボし、雇用創出と紙の新たな活用の方法を探るべく、ギフト用の紙製の花『スーパーフラワー』を開発しました。特に紙製の胡蝶蘭は生花と違い贈答後も枯れないという特性が評価され、徐々に売上も伸びています。また、この活動に伴い、スーパーフラワー協会を設立し、講習を通じての作り手の育成にも取り組んでいます」(レイメイ藤井・藤井社長)
紙の需要減少に対して問題意識を持ち、知恵と工夫を持って対峙されている各社の取り組みについて、参加者の方々も熱心に耳を傾けておられました。
その後、松浦より当社が今後行っていく紙の価値普及に向けた3つの取り組みについて表明を行いました。
紙にオモイを乗せ形作る「形を目指さない工作室 チョキぺタス」の開催(中庄株式会社)
「小学生のためのお仕事ノート・2023年度版」に自社の仕事内容・紙が地球にやさしい素材であることを掲載(株式会社アクアス)
NPO団体とコラボし、新しい紙製のギフトフラワー「スーパーフラワー」を開発(株式会社レイメイ藤井)
日本紙パルプ商事の取り組み表明
プログラム全体の締めくくりとして、当社社長渡辺が「紙の持つ機能・役割・価値をいろいろな場面で発信してきたが、本フォーラムを通じて多くの皆様から貴重なご意見を頂戴し、改めて紙の価値について再認識する機会となった。我々紙流通業界が一丸となり、アクションを起こすことで、世の中に埋もれている潜在的な紙の需要を掘り起こしていくとともに、人的資本経営やDXを推進し、その経験や成果を卸商の皆様にも共有のうえ業界に貢献していく」との、本フォーラムに対する所感と今後の取り組みに対する決意を述べ、第3部は幕を閉じました。
会場前のホワイエでは、製紙メーカーやお取引先、また、当社グループが提案する環境対応商材の展示コーナーを設置しました。参加者の皆様が展示を眺めながら、担当者と熱心に商材に関する情報を交換する姿が見られました。
また、入口には愛媛県立三島高等学校書道部による「紙」の文字を使った書道作品を展示しました。「私紙(わたし、わたくし、わたくしのかみ)」「紙道(しどう、かみのみち)」は、いずれも日本紙パルプ商事が紙の魅力を伝え、広めるという意味を込めて作った造語です。本フォーラム用に特別に制作いただいた二つの作品が、会場に華を添えました。
日本紙パルプ商事は、今後も紙の価値向上に向けて社会に積極的に提案・発信を行うとともに、このような取り組みを当社の企業価値向上につなげてまいります。
※2018年に開催致しました第1回 フォーラム「OVOL Bridges 2018 ~Paper Merchants Forum~」概要は下記の通りです
開催日:2018年11月29日(木) 会場:日本橋三井ホール 参加者数:326名
● 第1部パネルディスカッション「海外における紙卸商の取組を知る」
当社海外グループ会社の経営者5名をパネリストとして、各市場における価格決定プロセスや、新規事業の取り組み等各社における施策や事例を紹介しました。
● 第2部プレゼンテーション「紙業界の業務効率化へのソリューション」
㈱JP情報センター(現OVOL ICTソリューションズ㈱)、アライズイノベーション㈱より、業務効率化のためのITソリューションをテーマとして、AIによるデータ入力支援サービス等各社の事例を詳しく紹介しました。
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東京都世田谷区にあるレトロなたたずまいの喫茶店「便箋喫茶」は、ドアを開けると赤いガチャの機械が出迎えてくれる。コインを投入し、つまみをひねって出てきたカプセルには番号の書かれた紙が入っており、番号に対応した手紙を店舗スタッフから受け取る仕組みだ。
手紙をもらう人はもちろん、書いた人も便箋喫茶のお客である。見知らぬ人同士が手紙を通じてつながるこのサービスは、「手紙ガチャ 一期一会」の名前で2023年7月に始めて以来、非常に好評だという。
手紙を受け取った人は、希望すれば店舗を仲介にして一度だけ返信することができ、返信は店舗を介して最初の差出人に届けられる。お互い本名すら明かさない一往復限りのやりとりだが、多くの人は返信することを選ぶそうだ。
「手紙ガチャに参加する人は年齢・性別・仕事など幅広いので、普段の生活でなかなか出会わないタイプの人同士が手紙を通じて意思疎通できる面白さがあります。書かれた文字や絵、選んだ便箋のデザインから、書き手の人柄を想像するのも楽しいようです」と説明するのは、店長の谷川さん。
便箋喫茶は、メールやSNSが通信手段の主流となる中で、「手紙を書く文化を残したい」との思いを抱いた昭和生まれのオーナー・奥迫将司さんが立ち上げた。
店内に無料で使える便箋や封筒を用意して2021年初頭にオープンし、その後、スタッフとして入店した谷川さんが便箋喫茶のコンセプトをSNSで発信したところ、共感をもって訪れるお客が急増した。
「SNSに慣れていても、心のどこかに手書きの文字を求める気持ちがあるのでしょうね。何かきっかけがあれば手紙を書いてみたいんだなって」と、谷川さん。中学生の頃にスマートフォンが普及した世代として、谷川さん自身も手紙を書くことから遠ざかっていただけに、その反響は新鮮だった。
店内には「手紙を書くきっかけづくり」の一つとして、無料で使えるさまざまな文具を用意している。カラフルなペンやマスキングテープ、封かんに使うシーリングワックスなど珍しい道具もあり、手紙を書きたくなる気持ちを後押ししている。
種類を入れ替えながら常時40種類ほどを揃えた便箋は、一般の文具店ではあまり見かけない、味わいのあるものが多い。中には、便箋喫茶の存在を知った愛好家が寄付してくれたものや、アーティストが自作したものも含まれており、ここにしかないレターセットを使って手紙が書けるのも魅力だ。
「お客様が使う便箋や封筒を用意する中で、紙の種類の多さに改めて驚かされました。色の微妙な違いや手触り、書き心地、デザインとの相性などをよくよく考えて紙を選び、便箋や封筒がつくられているのだと。手紙に興味をもつ人は文具マニアであることも多いので、そういった人にも満足してもらえるように、レターセットや筆記用具を選んでいます」(谷川さん)
そうした努力の甲斐あってリピーターも増え、最近では席が予約で埋まることも多い。
「2〜3人で来店し、おしゃべりするでもなく黙々と手紙を書くお客様もいらっしゃいます。他の人が書いているから自分も集中して書ける。喫茶店に集まった人たちがそれぞれ手紙に熱中しているのは、他店ではあまり見かけない光景ですが、そこがいいと思われているのかもしれません」(谷川さん)
手紙に思い入れのある人が一つの場所に集まり、また散っていく。ガチャの手紙を通して見知らぬ人同士が一期一会のやりとりを楽しむ。紙に託されたメッセージは人と人との淡い関係を紡ぎ、ちょっとしたときめきをもたらすファンタジーなのかもしれない。
ライター 石田 純子
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日本紙パルプ商事 広報室 TEL 03-5548-4026
折り紙や祝儀袋に加工された白く美しい紙。その魅力をつくり出しているのは、光にかざすとうっすら浮かび上がるモダンな文様だ。手の込んだ織物を思わせる文様は、指でなぞるとかすかな凹凸が感じられる。
「SAWARIGAMI(さわりがみ)」というストレートなネーミングは、この紙が触り心地に着目してつくられたことを表している。
紙表面の凹凸をつくり出しているのは、紙用の「ニス」だ。紙用ニスは通常、汚れを防ぐために書籍のカバーなどに塗布され、私たちが気づかないまま触れていることも多い。しかしSAWARIGAMIの場合は、「ツルツル」「ザラザラ」といった質感をつくることのできる特殊なニスで模様を印刷し、触り心地に特徴のある紙に仕上げている。
SAWARIGAMIを生み出したのは、印刷会社の株式会社新晃社(東京都北区)と、SATORU UTASHIRO DESIGNのクリエイティブディレクター・歌代悟さんの協業によるプロジェクトである。
新晃社はもともと2種類のニスを加工して「ツルツル」と「ザラザラ」の質感の違いを紙の上に表現し、疑似的なエンボス模様をつくる技術をもっており、その用途拡大を意図していたが、歌代さんはその技術を用いて「紙の触り心地」に特化した紙をつくることを提案した。
「疑似エンボスに指で触れたときのニスの質感は興味を引くものでしたが、『疑似』という言葉にネガティブな意味合いがあるのが気になって。ならば疑似エンボスにこだわらず、ニスの触り心地を活かした新しい紙加工の方法をつくればいいんじゃないかと思ったのです」と、歌代さんはその理由を説明する。
「情報メディアがデジタルに移行するなかで、物理的にそこに『ある』ものがつくれ、触ったり匂いを感じたりできるのが、紙や印刷の良さです。触り心地をコントロールして、その良さがもっと引き出せれば面白いと思いました」(歌代さん)。
さっそく取りかかったプロジェクトでは、ニスによる触感が疑似エンボス以上にはっきり出るように、紙の種類や印刷方式を変えながら、数え切れないほどの試作と検証を重ねた。その様子はさながら実験のようであったという。
最終的に出来上がったのは白1色・透明ニスによる15種類の柄のバリエーションをもつ折り紙製品「SAWARIGAMI」である。モダンな和柄が浮かび上がる白い折り紙は、クラウドファンディングで目標金額の実に3倍以上を集め、圧倒的な支持を得て製品化された。発売後の反響も大きく、SNSには購入者がSAWARIGAMIでつくった折り紙作品が次々とアップされた。
その後、SAWARIGAMIはラインアップを増やし、蛍光色でポップな味わいをプラスした折り紙「SAWARIGAMI neon」や、高級感のある祝儀袋「SAWARIGAMI iwai」も加わり、有名文具店やミュージアムショップに置かれるようになった。それらの販路が製品発表から1年足らずという短期間で開拓できたのは、SAWARIGAMIの上質感とモダンな表情が魅力的であったことが大いに関係しているのだろう。
「今後はSAWARIGAMIの加工法を他の紙製品やB to B製品にも展開させていきたいですね」と、新晃社社長の森下晃一さんは明るい笑顔を見せる。この独自技術を「さわりがみ加工」として意匠登録も行った。
東京の地場産業である「印刷」で伝統柄のテイストを表現することにより、SAWARIGAMIというこれまでにない日本的かつモダンな表情をもつハイエンド紙が生み出されたことは非常に興味深い。見て触れて楽しみながら、「紙ならではの価値」を再認識させてくれるこの紙の未来に期待したい。
ライター 石田 純子
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「私が子供の頃、習字は水泳やそろばん、ピアノなどと並んで習い事のトップ5に入っていたと記憶しています。しかし今では10位以内にも入っていない。とても残念です」と語るのは浜飯政美さん。東京都内に拠点を置き、出張やオンライン指導を取り入れた書道教室「花香墨(はながすみ)」を主宰する先生である。
周囲に話を聞いてみると、「墨が衣服や周囲に付くのが心配」「使った筆や硯を洗うのが面倒」「道具が重い」といったネガティブなイメージが、毛筆離れの一因になっていることがわかった。
それらの解決策として、水だけで書ける習字用紙はすでに何種類か市販されていたが、いずれも乾くと書いた字が消えてしまい、作品として残せないのが難点だった。
「せっかく上手に書けても、その字が残せないと評価も受けられないし、面白くないですよね。ならば水で書けて、乾いた後も字が消えずに残る紙を、自分でつくってみようと思ったのです」と浜飯さん。
さっそく大型文具店でインキや絵の具を何種類も購入し、自分なりに研究を始めた。ヒントをつかんだところで協力会社を探し、「水習字用紙」を製品化するまでには、発案から実に3年を要している。
試行錯誤の末、水に反応して発色する特殊インキを細かなドット柄にして紙に塗布するという方法をとったが、インキ色を水色にしたのは初めから意図していたわけではなく、黒の発色が安定しないため、やむなく安定しやすい色に変えた結果だという。
「いざ発売してみるとこの色合いが好評で、『先進的で未来の習字のようだ』というコメントまでいただきました。また、習字は字を書くプロセスがとても大切で、筆が紙の上を動くときの通り道がわかると指導しやすいのですが、水色は墨よりも筆の通り道が把握しやすく、指導する上でも役立っています」(浜飯さん)
この用紙は「水習字用紙」として2023年1月に発売したが、直後から注文が相次ぎ、予想をはるかに上回る出荷数となった。
また、浜飯さんが習字の指導に出向く高齢者施設でこの用紙を使ってみたところ、施設スタッフから「墨を使った習字と比べて硯がいらず、筆を洗うのも簡単で、準備や後片付けの手間が10分の1に減った」と、とても喜ばれたという。
「習字に親しむ上で、硯で墨を刷ってから筆をとるという伝統的なスタイルに固執しなくてもいいと、私は思います。もっと自由でいいのです。毛筆で紙に字を書くよさは、その人の思いが素直に紙の上に投影されること。大人の方を対象にした夜間の教室では、お酒を飲みながら書いてもいいと伝えています。リラックスすることでおおらかな字になったり、ダイナミックな字が書けたりして面白いですよ」と浜飯さんはほほえむ。
浜飯さん自身は4歳で書道を始め、小学校に上がる頃には出品したコンクールで日本一に輝くなど、幼くして才能を開花させた。それゆえ厳格な指導を受けてきたが、教える立場となった今は、むしろ「自由で楽しい習字」で、まずは毛筆に親しんでもらうことを重視している。
日頃の指導ではもちろん墨と硯も使うが、水で書くことを望む受講者には、まず他社製品の、乾くと字が消える習字用紙で練習を重ね、仕上げの一枚として自社開発の「水習字用紙」で作品を残すという使い方を勧めているそうだ。
紙を使い分けながら毛筆に親しむ体験は、「自由で楽しい習字」の世界を広げ、習字を現代的にアップデートしてくれるに違いない。
ライター 石田 純子
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和紙製のマネキンを「Waltz(ワルツ)」の商品名で企画・受注生産・レンタルしているのは、株式会社トーマネ(東京都中央区)である。1934年に創業し、マネキンの制作を発端に商空間の構成を請け負う同社では、1950年代頃までパルプと胡粉(ごふん・日本人形の肌や日本画などに用いられる白色顔料)をマネキンの原料にしていた歴史があるという。
もっとも当時のパルプ製マネキンは、防湿性が低く重量も60kg前後と重くて扱いにくかったため、マネキンの素材は次第にFRP(強化プラスチック)にとって代わられる。FRPは軽くて丈夫、不要になればセメント製造時の燃料・原料としてリサイクルできる扱いやすい素材であるが、近年の同社では、異なるマネキン素材を求めて模索を続けていた。
「さまざまな素材を検討する中で、あるとき当社の工場がある茨城県に、無形文化財に指定されている『西ノ内和紙』という伝統和紙があることを知りました。県内産の那須楮(なすこうぞ)が原料で、江戸時代の商家では、出納帳を西ノ内和紙でつくることもあったそうです。火事になったら川に投げ込み、あとから引き揚げても文字のにじみや、ふやけることがないほど強くて丈夫な和紙だからです。それを知ったのが、和紙マネキンをつくろうと考えた発端でした」(トーマネ社長室室長・岩下沢子さん)
FRPとは性質のまったく違う和紙を用い、マネキンを製造する方法を確立するのは困難の連続で、防湿性や強度を測る紙片検査だけでも1000回以上行ったという。しかし、樹脂と異なり有機溶剤も研磨も不要で粉塵が発生しないなど、素材を和紙に変えるメリットは多く、西ノ内和紙漉き職人と協力しながら試作を重ねて2022年に完成へとこぎ着けた。
職人が漉いた和紙を、より強度を出すために一枚一枚なめし、水性ボンドを用いて手作業で原型に貼り重ねてつくる和紙マネキンは、製造において高度な技術と手間を必要とするが、そのぶん造形の美しさは格別で、柔らかく光を拾い、骨格や筋肉の陰影が映える。
しかも女性マネキンなら一体約1.6kgと非常に軽い。8〜9kgあるFRPマネキンより大幅に軽量化されたことで、輸送エネルギーの低減や組み立て作業の省力化が実現しただけでなく、マネキンを吊り下げたり、マグネットを装着して壁付けにするといった、従来のマネキンでは難しかった斬新なディスプレイも可能になった。
原材料の楮は刈り取っても根が残っていれば再生する植物で、環境負荷が極めて少ない。また使用した和紙マネキンは再び和紙に戻して再度マネキンや他の紙製品にできるなど、リサイクル性に富む。そのため、環境保全の観点で同社の和紙マネキンを採用する顧客は少なくない。
それらに加えて、岩下さんが和紙マネキンに託すのは「日本の伝統文化に誇りをもってほしい」という思いだ。
「西ノ内和紙は350年の歴史がある伝統的な素材ですが、和紙を普段使いする習慣が薄れた現代で、需要が減っていることもあろうかと思います。そこに新たな用途を与え、手作業による丁寧なマネキン制作と一体化させることで、新たな展開が見出せるのではないでしょうか。近年の日本では生産拠点の海外移転が進むなど、産業の空洞化がますます進んでいると感じます。だからこそ、このWaltzは国産の楮を使い、国内の職人さんが漉いた和紙を用いて国内工場で完成させ、伝統に根ざしたメイド・イン・ジャパンの製品として未来に伝えていきたいのです」(岩下さん)
和紙マネキン「Waltz」の名前には、軽やかさとともに「和をルーツとする」意味も込めているという。2023年3月にはフランス・パリで行われたファッション展示会「トラノイ」で使用された実績もある。「和紙」というメイド・イン・ジャパンを明確に表現する素材が、そのアピールに一役買っている。
ライター 石田 純子
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