日射しの降り注ぐガラス窓をすだれで覆った家と、カーテンを取り付けた家。
夏に涼しく過ごせるのは、はたしてどちらだろう?
そんな疑問に「実験」を通して答える紙の模型がある。
子供から大人まで、建築と環境への興味を促す紙の模型とは?
冒頭の質問に自信を持って答えられる人は案外少ないのではないか。すだれもカーテンも日射しをさえぎるが、一方で、太陽光がすだれやカーテンのような物質にあたって吸収されると、熱が放出される。すだれは窓の外にあるのでその熱が外に逃げていくが、カーテンは窓ガラスの内側にあるので熱が室内にたまりやすい。したがって、すだれの方が涼しいというのが答えだ。
もちろん実際の住宅は冷房などのさまざまな条件が加わるので、必ずしもこの通りにはならないが、住まいの「涼しさ・暖かさ」という課題が、思った以上に奥の深いものであることがおわかりいただけただろう。
こうした住まいと室温の関係を確認できる実験用のキットがある。「箱模型 実験キット」といい、家に見立てた四角い紙の箱と、住宅資材の代替になる付属品がセットになっており、有限会社風大地プロダクツ(東京都足立区)が販売を行っている。
企画したメンバーの一人、同社社長の芝桃子さんによれば、このキット開発のきっかけは、2003年に芝さんがエコ建築に取り組む地元の建築士とともに、全国の学校のエコ改修と環境教育の重要性を政策提言にまとめ、環境省のアイデアコンテストに応募したことだった。
「当時、酷暑が続く中で全国の学校にエアコンを導入することが検討されていました。しかし専門家によれば、その頃の学校のような遮熱性や断熱性に乏しい箱形のコンクリート建築は、日射しの熱をためこむいわば熱箱(ねつばこ)だと。それをエアコンだけで涼しくしようとすると過剰冷房になり、健康を損なうことさえあるというんです。まず改修を施すなりして遮熱性や断熱性を改善し、建物自体の温熱性能を上げる必要があるそうです」(芝さん)
さらに、建物の性能だけでなく住人による運用も大いに影響するため、人と建物と外部環境の関係を、建築のプロだけでなく住む人も一緒に知る必要があるし、それを実際の学校建築に反映していく過程を公開して学んでいけたらいいのではないか。そんな考えにもとづく提言は、アイデアコンテストでみごと優秀提言に選出された。
「箱模型 実験キット」はその提言の事業化を受けて、学校改修と環境教育の講座に用いるために2004年から試作運用され、2007年に製品化した教材である。四角い紙の箱を家に見立てて、断熱材やタイルや窓ガラス代わりのPET板をセットして使う。天井には温度計を差し込む穴があり、断熱材や蓄熱材の有無、光の遮り方や窓の開閉など、模型の条件をさまざまに変えながら、室内温度がどのように変化するか実験できるようになっている。教材という性質上、内容は建築環境工学の専門家が考案した本格的なものだ。
「実はこの建築環境工学という分野は座学が多いせいか習得が難しく、学校で学んでも卒業とともに忘れてしまう人が多かったのだそうです」(芝さん)
しかしこのキットを用いると、「涼しい」「暖かい」住居の条件が体験的に納得しながら学べると好評で、現在に至るまで建築環境工学を教える教育機関の授業用として、コンスタントに購入されているそうだ。
その後、学生だけでなく、子供も含めた幅広い層の人々に住環境に興味をもってもらえるよう、構造を単純化して手軽に扱えるようにした「家模型 実験キット」を新たに企画し、2018年に発売した。こちらも紙製で、冒頭で説明したすだれとカーテンの比較がしやすいように設計されている。
こちらは企業が主催する親子向けのワークショップなどで用いられている。実験と合わせて、家の設計を自由にアレンジする工作も勧めているため、「涼しい家を作ってみましょう」と言われて、家だけでなく庭などの外の環境も考えながら、自由な発想で取り組む姿が見られるという。
両方のキットの製品デザインを自ら担当した芝さんによれば、模型の主素材として紙を選んだのは「日本の家が紙と木からできているだけに、家のダミーに紙を選ぶのはごく自然なことだった」というが、一方で、紙の扱いやすさが実験を身近なものにし、工作の自由さにつながっている点も見逃せない。
建築環境工学と聞くと、高度で専門的な学問を思い浮かべるが、その入り口が紙の箱を用いた実験によって開かれると思うと、ぐっと身近に感じられる。建物の「涼しい」「暖かい」という性能は、地球温暖化が叫ばれる中で今後ますます重視されるようになっていくだろう。その探求に向けた第一歩を担う、頼もしい紙の模型である。
ライター 石田 純子
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