本には「読む」楽しみともうひとつ、「眺める」楽しみがある。
ここで紹介するのは、眺める楽しみを満喫できる新しい形式の仕掛け絵本だ。
ライトを片手にページを照らし、そこに生まれる影を動かしてみれば、初めて体験する豊かな世界が広がっていく。
本のタイトル『モーションシルエット かげからうまれる物語』は、この本の特徴をよく表している。
ページを開くと中央にポップアップが立ち上がり、ライトをかざすとその影がページに映る。同じポップアップの影が左側のページでは樹木になり、右側のページでは稲妻に変わる。ライトを動かせば影も動き、一見静かなモノクロームの世界にアニメーションのようないきいきとした躍動感が加わる。
手持ちのライトがつくる影の変化で、その人だけの、そのときだけのストーリーが広がっていくのが面白い。
この仕掛け絵本の作者は梶原恵さんと新島龍彦さん。美術大学の元同級生で、同書は共同制作した本の4作目にあたる。
1作目は学生時代に授業で制作した『silhouette』という本だ。ページを開くとポップアップが立ち上がるスタイルはこのとき生まれたが、センサーを利用した作品をつくるというテーマがあったため、ページをめくるとセンサーが反応して、左右に設置した2つの光源のオン・オフが切り替わり、ポップアップの影が左右に動くものだった。
「今から10年近く前、電子書籍元年と言われていた頃です。ですが、紙の本でなければできないことをやろうという思いがありました。情報をまとめて載せるだけなら電子媒体でもできるので、紙という実体のあるモノがつくる影を、本の上に展開してみたらどうだろうと」(新島さん)
この1冊が出発点となり、のちにセンサーを用いなくても読み手がライトを使えば、影を楽しめることに思い至った。その形式なら、ライトの当て方次第で影の動きを自由に操れる。そう考えて、影の「動き」を見せることに着目して2作目となる『MOTION SILHOUETTE』という本を制作した。
手づくりで完成させた本を動画サイトにアップしたところ、たちまち再生回数が伸びた。とくに海外ユーザーの反応は早く、「この本を買いたい」という問い合わせのメールが殺到した。
『MOTION SILHOUETTE』はその後、優れたブックデザインを評価する国内外のコンクールに相次いで入賞し、2015年には出版社から普及版『モーションシルエット かげからうまれる物語』として発売されることが決まった。今までにないスタイルの本だけに、機械による製本は技術上の工夫を要し、一部原書のデザインを改変するなどして量産にこぎつけた。この普及版ができてからも、新島さんが手作業で製本した原書版は受注生産で販売している。
さらに、この本が注目を集めたことで、歌手の倉木麻衣さんが行っているカンボジアに寺子屋を建設するプロジェクトのための制作依頼が入り、3作目となる『STAND BY YOU』も刊行した。日本語版とクメール語版をそれぞれ500部出版し、日本語版は売り上げの一部を日本ユネスコ協会連盟の世界寺子屋運動の支援に充て、クメール語版はカンボジアの寺子屋に直接送って、現地の子供たちの遊びと学びに役立てられている。
「本という存在が、つくった自分たちの手を離れて立派に自立し、遠いところでがんばってくれているなあという感覚です。本のほうが僕らより長生きするかもしれませんね」と、新島さんは感慨深げに語る。
1作目を制作した頃から「環境によって変化する本」を追求していたという。それを体現した本は作者の予想を超えて広がり、さまざまな人の手によってページが開かれ、それぞれの物語が紡がれている。
物語を伝えるだけではなく、物語をつくり出す。美しい本に仕立てられた紙にはそんな力がある。
ライター 石田 純子
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