ふだん何気なく眺め、使っているマップ。
それに点字を施せば「触ってわかる」マップになるし、専用機器を併用して音声ガイドを付ければ「聞いてわかる」マップになる。
見るだけにとどまらず、「触る」「聞く」ための工夫を取り入れて、目の不自由な人にも使いやすく作られた紙のマップを紹介しよう。
触知図(しょくちず)という言葉があるそうだ。目の不自由な人に向けた「触って理解できる図」を指し、触図(しょくず)とも言う。
紙に突起をつけて点字として表現する手法は古くからある。晴眼者が読む文字を視覚障害者が読めるように点字に置き換え、亜鉛製の型を作って紙に型押しし、情報を紙のエンボスで表すのが一般的だった。しかし、エンボスは繰り返し触るとつぶれてしまうし、点字文字の亜鉛板は専用機器で打刻できるが、触知図の亜鉛板は手作業でしか作れず、手間がかかるため、使いやすくわかりやすい触知図を作るのは簡単ではなかった。
それが、透明なニスを盛り上げて点や線を表現する印刷法が現れたことで一変した。この印刷法は、紫外線を当てると硬化するニスを用いるので、UV印刷と呼ばれており、耐久性に優れ、亜鉛板より容易に作成できる。
UV印刷により触知図を製作しているのが、欧文印刷株式会社(東京都文京区)である。技術開発を重ねてオフセット印刷で点字に適した0.3ミリのニスの盛り上げと、量産型の盛り上げ印刷を可能にし、2013年から点字印刷として事業化した。
現在では、空港やテーマパーク、自治体などから委託を受けて、施設マップや住民に配布される防災マップなどの触知図を幅広く制作している。
駅や公園などの公共空間で、固定式の触知図を見かけることも増えたが、同社で制作しているような、手元に置いていつでも取り出し、事前に下調べができる紙の触知図は、視覚障害者にとても喜ばれるそうだ。
点字の世界では、晴眼者が見る文字や図や写真を、カラーも含めて墨字というが、同社が制作する触知図はいずれも、透明ニスによる点字と墨字を重ねたもの。墨字印刷のほうは文字サイズを大きくし、白黒反転にしてコントラストをつけた印刷物にしている。これは弱視の人の見やすさへの配慮で、それにより、晴眼者、弱視者、点字が読める視覚障害者のいずれもが利用しやすい共用品としての印刷物になっている。また、高齢者にも好評だという。
「特定の人の不便さを解消するために発明された技術や機能が、万人に使いやすいものとして広まることは、過去にも例があります。それを念頭におきつつ、すべての人々を巻き込んで、すべての人々が使えるものを作っていく。そんなインクルーシブな姿勢で今後も臨んでいきたいと思います」と、同社執行役員の坂本泉さんは語る。
使いやすい触知図を作るには、事前にユーザーの意見を聞いて反映させる過程が欠かせない。同社で制作にあたっている上野智義さんは、その様子を次のように説明する。
「鉄道会社から委託を受けて駅の構内マップを作ったときは、地元の盲学校の生徒さんに協力をお願いしました。制作途中のマップの見本を送って、わかりにくい表現や点字の間違いを指摘してもらうほか、『もっと○○にしてほしい』という要望もフィードバックしてもらいました。意見をくださったみなさんが、マップの完成を楽しみにしているように感じましたね」
最近では、ドットコードという極小のパターン図を一緒に印刷し、専用ペンを当てると音声ガイドが流れるしくみも取り入れている。ある観光施設の館内マップでは、点字とドットコードを併記し、マップを「見る」「触る」「聞く」の3種類の方法で使えるようにした。
紙の上に載る情報というと視覚情報を思い浮かべがちだが、実はそれだけではない。技術の進歩は、触覚や聴覚に直結する情報を紙に載せることを可能にした。私たちが紙を通じて知る世界は、今こうしている間にも、より豊かなものへと広がっている。
ライター 石田 純子
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