日本人の生活のさまざまな場面で目にする「梅」と「炭」。
それらを取り入れ、日常で使えるようにした紙がある。
なぜ梅と炭なのか。
紙との出合いで生まれた価値を探ってみた。
ロハスという言葉がすっかり定着したことからもわかるように、私たちの心の奥には、自然のサイクルを取り入れながら、すこやかに暮らしたいという願望がある。
その気分に応えるように現れたのが、梅炭(うめずみ)を漉き込んだ紙である。
食品として利用した後に残る梅の種は、焼くと良質な炭になる。それを粉末にし、パルプに混ぜて漉いた紙は、梅炭のもつ性質によって抗菌・消臭などの効果を発揮する。
梅炭を漉き込んだ紙を開発したのは山陽製紙(本社:大阪府泉南市)で、その特徴を生かしてスーツカバーやバッグの保管袋、インテリア用品など、さまざまなグッズに展開している。
きっかけは同社からほど近いタオルメーカーで梅炭を織り込んだタオルが開発され、話題にのぼったこと。
「タオルでできるなら、紙にも応用できるのではないかと。当社の位置する泉南市が梅の一大産地である和歌山県に隣接しており、これまで廃棄されていた梅の種の有効活用法として有望だという読みもありました」と、山陽製紙執行役員の辰巳和久さんは語る。
もっともその思いつきを形にするまでには、長い時間と幾多のチャレンジが必要だった。
「梅炭の効果を最大限に生かすには、炭の粉末を紙の表面に塗布するより、パルプに混ぜて紙に漉き込んだ方がよいのです。しかし炭はパルプから剥離しやすく、製品化には困難を伴いました。また、漉き込む炭が多すぎると摩擦で色移りしてしまうので、効果を保持しつつも色移りを起こさない炭の適正量も割り出さなくてはなりません。試作を繰り返し、最終的に当社の得意とするクレープ紙へ梅炭を漉き込むのに成功したのが2007年になります」(辰巳さん)
紙が完成しても、それは必ずしも「商品」の完成を意味しない。用途が伴うことではじめて商品としての価値が生まれる。
そこで出来上がった紙を社員それぞれが家に持ち帰り、どんな効能があるのか、何の用途に使えるか、各自で試しながらアイデアを出し合った。そこでわかったのは、梅炭を含んだ紙には優れた防湿・消臭効果があり、短時間でも効果を発揮すること。また、果物などを包んでおくと長持ちしやすいことなどだった。
これらは後に大阪府立産業技術総合研究所で行われた実証試験により、湿気や臭いを吸着する「気孔」という穴が梅炭には非常に多く、それが高い防湿・消臭効果を発揮して、さらに果物の熟成を促すエチレンガスを吸着する作用をもっていたためと判明する。
梅炭クレープ紙の完成からさらに3年を費やして用途を考案し、グッズに展開して地道な販売活動を続けるうち、ある日を境に、靴に入れる消臭用の梅炭クレープ紙「eco KuKKu」が大きな注目を浴びる。自社の販促品として制作し、見本市の会場で配布を試みたところ、欲しがる人が列を成したのだ。
その後、法人向けのノベルティグッズとして売り出すとすぐに反響があり、銀行や大手企業、公益団体などから続々と注文が入った。キャラクター商品のようなかわいらしさに加え、靴に入れれば数時間で臭いと湿気を取り、天日に干せば繰り返し使えるという便利さが評価された結果といえる。
しかし、このようなグッズの成功は決してゴールではないと、辰巳さんはいう。
「ノベルティグッズに展開したのは、梅炭クレープ紙の存在と効果を広く知ってもらうための第一歩にすぎません。古紙100%のパルプと、もともとはゴミになっていた梅の種を有効活用して、消臭・抗菌効果をもった紙としてよみがえらせる。このように資源を再利用して作られた紙だということを、さまざまな産業分野の方々に認知していただき、協力し合って、持続可能な社会に寄与する新たな用途を創造していきたいと考えています」(辰巳さん)
今春には新たな展開もあった。学生の教科書用のブックカバーの制作を検討していた大学が、梅炭クレープ紙の存在を知り、その素材として採用したのである。できあがったブックカバーは表紙に大学のロゴが箔押しされたシックなもの。すべりにくく、不要になった後も抗菌・防臭効果を生かして二次利用できるといった性質が評価されてのことだ。
梅炭クレープ紙にはほかにも、丈夫でミシン縫いもOKという加工のしやすさ、クレープ紙独特の柔らかな手触り、炭の色そのままの落ち着いたグレーの色合いなど、多くの特長がある。
創造性をかき立てる要素が多いだけに、今後、さまざまな場面での利用が期待できそうだ。
ライター 石田 純子
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