私たちにとってもっとも身近なインテリアである椅子。
機能と心地よさを求め、そのデザインは日々新しいものが生み出されている。
そこに紙を持ち込むと、どんな可能性が広がるのだろう。
建築家が設計した白い幻想的な椅子に、その答えがあった。
丸みを帯びた白く丸い椅子。名前を「へちま」というそうで、有機的な曲線でかたどられた見た目といい、触れた手のひらを軽く押し返す弾力といい、まさに筋だけになったへちまの実のようだ。
構造はうねるワイヤーを複雑にからみ合わせたようにも見えるが、そうではなく、バルカナイズドファイバーという強く丈夫な紙を細く裁断し、曲げ加工を施して組み合わせてある。その軽やかで繊細な構造が、空気の上にふんわりと座るような、ファンタジックな美しさを醸し出している。
制作したのは東京都目黒区に事務所をもつ建築家の中村竜治さんで、「ハニカム構造」にヒントを得て、この椅子のアイデアを思いついたという。
「建築分野では、少ない原料・部材で必要な強度を保持するための、さまざまな技法や技術があります。ハニカム構造もその一つで、それを椅子で展開したらどうなるか、と考えたのが『へちま』のそもそもの発端なんです」と中村さん。
ハニカム構造とは、蜂の巣のように六角柱などの図形をいくつも接合した構造を指す。空洞が多くても強度を保てるので、原料を節約しつつも丈夫で軽い構造体を作れるというメリットがあり、建築分野で多用されている。
その中で中村さんが着目したのは、波打った板の山と山を貼り合わせて形作る、曲線を取り入れたハニカム構造である。
そのハニカム構造にした紙を、断面が水平になるように立てて座面部分をくりぬけば、それだけでも椅子になるが、そこに床面と水平にしたもう一つのハニカム構造を貫通させると仮想し、その縦横が交差するラインだけを残してほかを取り除き、スカスカの構造にしてみるとどうなるか。それがこの「へちま」の基本構造である。
それを丸くなるようにかたどり、座面の部分をくりぬくと椅子の原形ができ上がる。ただし、外側には切りっぱなしの紙の断面が棘状に残ってしまうので、輪郭線の構造体を別に作り(右下写真)、全体を覆うことで、なめらかな表面をもつ形状にした。
なお実際の制作では、この構造を展開図に起こして複数のパーツに分け、それを組み立てている。
中村さんが最初に「へちま」を制作したのは2005年。その際はプライウッド(薄い板を積層した合板で、曲げ加工に向く)を使って作り、展覧会に出展したが、観客が繰り返し座るうちに割れが生じてしまった。そこで素材を紙に代えてみたところ、「木と比べて粘りがあるので折れにくく、家具としての強度を出すには十分だった」(中村さん)といい、現在のスタイルに落ち着いたという。
その後も「へちま」は東京都内の展覧会などで発表の機会を得、さらに2012年には、建築家作品の収蔵に力を入れるサンフランシスコ近代美術館からのオファーにより、同館の永久収蔵品に選ばれている。
同じ素材でも、構造を工夫したり形を変えると強度が増すことは、アーチ型の橋脚やドーム型の建築物によって、私たちも知ってはいる。しかしこの「へちま」の中にも、そうした構造が取り入れられているとは、なかなか気づかない。華奢な構造、しかも紙でしっかりと体を支える椅子ができることに、ただただ驚かされるばかりだ。
繊細な表情とはうらはらな、意外な強さをもつ紙の椅子。そこには美しさとユーモアだけでなく、今後の設計思想や素材活用法への大いなる示唆が含まれている。
ライター 石田 純子
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