米を原料の一部に使った紙が話題を呼んでいる。
災害備蓄の役目を終えるなどして食用に適さなくなった米を活用したもので、新米を連想させるナチュラルで温かな色合いと、ラフなのにしっとりとした質感が特徴だ。
この紙が世に出る原動力となったのは、「食」にまつわる社会課題の解決という壮大なビジョンだった。
米を細かく粉砕し、木材パルプに混ぜて漉き上げた紙「kome-kami(コメカミ)」を開発したのは、株式会社ペーパルという奈良市に立地する老舗の紙卸問屋だ。
kome-kamiは2020年4月に発表されるとまたたくまに評判となり、わずか1年たらずのうちに北海道から沖縄まで流通するようになった。
紙の厚さは薄いものから厚いものまで3種類あり、封筒や名刺などのステーショナリー類、冊子類のような情報媒体、しっかりとした造りが求められる菓子や化粧品のパッケージなど、幅広い用途をカバーしている。
ノートなどの筆記用紙として使えば、万年筆でも裏移りせず気持ちよく書け、また、印刷適性に優れているため、冊子類などに仕立てた際には「ラフでナチュラルな風合いなのに、発色がよくきれいに印刷できる」との評価を得ている。
歴史をさかのぼると、江戸時代に米が紙の原料として用いられていたという史実もあるそうで、それを知ればこの紙に、米を無駄にしない文化という、新たな魅力が感じられるだろう。
米を紙の原料にするアイデアを思いつき、kome-kamiの開発を主導したのは、同社取締役の矢田和也さんである。あるとき、賞味期限が切れた災害用の備蓄米や、返品されてしまった米のように、食用に適さなくなった米を有効活用しきれない事態が多く発生していて、自治体や企業が費用をかけて廃棄していると知ったのが、きっかけだった。
「廃棄される米を価値あるものに変え、その価値をフードロス削減を目指す活動に還元できないだろうか」と、矢田さんは考えた。
そこで頭に浮かんだのが、自らのビジネスである「紙」の原料に米を取り込むことだった。とはいえ、米で紙をつくるのは容易ではなく、その開発は困難の連続だったという。
米は硬く粘着性があり、機械を傷めたり、動作不良を起こす原因になるからだ。それらを防ぐために、粉砕時の粒を細かくしたり配合を変えたりしながら、幾度となく試作を繰り返した。
企画から1年後、ようやくkome-kamiが完成した。製品としてのデビューはkome-kamiで製作したノートと名刺をクラウドファンディングで公開し、支援を募ったことだが、期限までに目標金額の実に7倍を超える支援が集まった。「フードロス解決に貢献したい」という元々の目的とともに、「売り上げの1%をフードバンクに寄付する」と宣言し、食をめぐる重要な課題に正面から切り込んだことが、人々の共感を呼んだからに違いない。
その後は筆記用紙、情報用紙、パッケージ用紙などのさまざまな用途に向けて、まとまった数量のkome-kamiを取引先に卸すようになり、矢田さんは多忙な日々を送っている。
kome-kamiはその流通量を増やすことで、フードロスの低減と、食事に困っている人たちへのフードバンクを通じた支援を進めることを意図したものだが、それと同時に、kome-kamiの存在を知った人々が食の問題に関心をもち、自ら行動を起こすことも、企画段階から視野に入れていたという。
最近になって、個人から「自宅に食用に適さない米があるので寄付したい」という申し込みがあったのは、とりわけ矢田さんを喜ばせた。開発中は困難の連続で「何度か諦めかけました」と矢田さんはいうが、その苦労が報われたことが、この出来事によって実感できたのではないだろうか。
フードロス問題の解決に貢献しながら、一方で食糧を必要としている人を支援し、さらにその輪を広げる役割を担う。米から生まれた紙は、そんな善意のループを乗せるプラットフォームへと成長している。
ライター 石田 純子
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