休憩室や社員食堂、廊下など、会社の中に並んだPOP付きのビジネス書の数々。
見慣れたオフィスの一隅をちょっとした図書スペースに変えるこの試み、
実は公立図書館の手がけるサービスだという。
企業を対象に「本の出張」を手がけるその意図とは?
「法人向け出張サービス」と銘打って企業にビジネス書を貸し出しているのは、東京の千代田区立千代田図書館だ。地下鉄の九段下駅から近い千代田区役所のビルの2フロアにあり、日頃からビジネスパーソンの利用が目立つ図書館である
「出張する本」はビジネス書126冊だ。ラインアップは毎年変わり、現在は書店員や書評家、出版関係者などが選ぶ「ビジネス書大賞」の受賞作品を中心に構成されている。それを申し込みのあった企業の要望に合わせて取捨選択し、社屋に搬入して展示する。対象となるのは区内もしくは近隣地域の企業で、展示期間は1、2週間ほど。社内の休憩室や廊下などのスペースを利用して作品解説のPOPを付けた本を並べ、通りかかった社員に手にとってもらい、本に親しんでもらうのが狙いだ。
見慣れたオフィスの中にある日突然、本の展示スペースが出現する面白さがあるせいだろうか、利用者にはおおむね好評で、「普段は時間がなく立ち読みすることがなかったので、POPがあってうれしい」「読みやすい本が多かった」「誰かのおすすめ(書評)があるのがよかった」などの声が多数寄せられている。
なかにはリピーターとして再度出張サービスを依頼し、さらに展示期間中の関連イベントとして、千代田図書館から提案した「ビブリオバトル」のワークショップを実施した会社もあったという。
ビブリオバトルとは、読んで面白いと思った本を1人5分の持ち時間で紹介し、質疑などを行った後に「どの本を読みたいと思ったか」を投票するゲーム。この会社では2チームに分かれてそれぞれの推薦本を持ち寄り、熱く、そして楽しいバトルを初めて体験した。
「本が好きな人は放っておいても読みますが、そうでない人は本を手に取るきっかけを待っていることがあります。その場合、ビブリオバトルのようなゲームがうまく機能するのです」と説明するのは、この出張サービスをはじめ、千代田図書館の企画を担当する河合郁子さんだ。
ほかにも本に注目してもらう働きかけとして、展示本の推薦文を自社の管理職者に頼んで書いてもらい、POPにして本に添付した会社もあったという。
「少々手間はかかりますが、知っている人の推薦文には説得力があり、『この人が薦めるなら読みたい』という意識が働きます。それに『上司のおすすめ本は読まないとまずい』というプレッシャーから手に取る人もいるかもしれませんね(笑)」(河合さん)
会社側がこの出張サービスを取り入れる理由は、読書を通じた「人材教育」が第一に挙げられる。しかし、サービスを利用してみたものの、目立った反響がみられないまま終わった会社もないわけではない。その背景にあるのは、メディアが多様化して情報源を本に頼る必要がなくなったという理由だけでなく、「本を選ぶことにハードルを感じる人」が増えたからではないかと河合さんは推測する。
「日頃から本に触れる機会が少ないと、本の選び方がわからなくなってしまい、いざたくさんの本を前にしても『読みたい本がない』という状況になってしまう。しかし誰かの推薦文が付いているなど、ちょっとした働きかけがあれば、手に取りやすくなる。ですから、これからは図書館でも従来のように本を読みに来る人を待つだけでなく、出張という形で本を提供したり、POPやビブリオバトルのような提案をしたりして、本を選ぶお手伝いをすることも大切なのではないでしょうか」(河合さん)
本の「選ばれ方」「読まれ方」が変容するなか、それを追いかけるように新たな「本との出合いの場」や、ビブリオバトルのような「本を通じたコミュニケーション」が生まれていく。
「本に触れる楽しさを多くの人に知ってほしい」と考える人々の熱い思いは、本という紙の束を通じて静かに、確実に広がっているようだ。
ライター 石田 純子
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