飲み物1杯の注文で1ポイントがたまるカード。
たまったポイントを使って誰かにコーヒーをプレゼントできる……
あるコーヒー店が始めたそんな試みが話題を呼んでいる。
カードに託された思いやりと遊び心に、多くの人が共感を寄せている。
レジ前の掲示板を埋め尽くすように貼られたカードの数々。「送り先」と書かれた欄には、「何か良いことがあったヒト」「メガネ女子」「どなたでも」など、さまざまな書き込みがされている。条件にあてはまる人がカードをはがしてカウンターで差し出せば、無料でコーヒー1杯が注文できるという。
カードの正体はこの店のポイントカードだ。飲み物1杯の注文で1ポイントになり、12ポイントたまったら、そのカードを使って他の人にコーヒーをプレゼントできる。
このシステムを「恩送りコーヒー」と呼んで実施しているのは、東京・下北沢にある「こはぜ珈琲」である。2年前に常連客を中心に始めた試みが徐々に広がりを見せ、今では香り豊かなコーヒーと並んで、この店を印象付けるユニークな特徴になった。
始めたきっかけは、店長の谷川隆次さんが、米国滞在から戻った常連客に聞いた話だった。現地のカフェで、財布に余裕のあるお客が見知らぬ誰かのためにコーヒー代を先払いする習慣が根付きつつある、という内容である。
コーヒー代を払ったお客は、その印としてカップに巻き付けるスリーブにコメントを書き入れ、店に残していく。カフェの壁にコメント入りのスリーブが貼られていれば、訪れたお客はそれを使って無料でコーヒーが飲めるという。
谷川さんはそれをヒントに、ポイントがたまったら誰かに1杯プレゼントできるポイントカードを用意した。カードには送り主のニックネームと送る相手の条件を書き込む欄、コーヒーをごちそうになった人が、お礼の返信を書き込む欄もある。
始めてから2年経った今、壁には常時80~90枚ほどのカードが貼られている。どのカードにも丁寧な字と優しさのこもったコメントが記され、メールやSNSのデジタルフォントに慣れた目には、手書き文字の柔らかさがむしろ新鮮だ。
「紙にものを書くのは、携帯電話などに入力するより内容が自分の中に入ってくる感じがありますよね。入力と比べて集中しないと書けないけれど、そのぶんイラストを入れたり文字に表情をもたせるなど、伝えたいことを自由に表現できる良さがあります。自分が残したカードを使う人に思いをはせながら、何を書こうかと考えている時間は、家族や友人にどんなプレゼントをあげようかと考えている時間に似ているのかもしれません」と、谷川さん。
この試みが注目されたのは、店舗が位置する下北沢の土地柄もあるだろう。劇場と商店街、住宅街が混在し、訪れる人を適度な距離感で迎え入れる独特の空気がある。その空気に愛着をもって下北沢に集まってくる人たちだからこそ、恩送りコーヒーという、カードを使ったやりとりを面白く感じたのではないだろうか。
「アメリカのカフェで行われていたのは、誰もがコーヒーを飲めるようにというチャリティの意味合いが強かったのではないかと思いますが、うちの店の『恩送りコーヒー』は、いわば気軽な遊び。送る人がカードの写真を撮ってSNSにアップし、それを見てコーヒーをごちそうになった人もSNSで返信するなど、カードとSNSの合わせ技で楽しんでいることもあるようです」(谷川さん)
谷川さんの予想以上の広がりをみせた、恩送りコーヒーという新しい習慣。一枚のカードを介したコミュニケーションが、人と人とのつながり方に新しい楽しさを提供している。
ライター 石田 純子
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