ICT化が進む教育の場で、子供たちがスマホやタブレットを手に勉強に取り組む姿が日常化している。しかし、テストは依然「紙」が主流だ。それはなぜか。紙のテストを活かしながら教員の働き方改革を支援するソフトウェアの開発者に尋ねてみた。
近年、小・中・高校生の間に「1人1台のタブレット所持」が浸透している。発端は2019年に文部科学省が発表した「GIGAスクール構想」で、翌年のコロナ禍による休校が影響し、授業や連絡用として電子端末を配布する学校が急増した。
電子端末は適したアプリを用いることで、一人ひとりの習熟度に合わせた学習がしやすく、子供たちの評判もよい。しかし、学校の中で実施される中間・期末テストは、今もテスト用紙に鉛筆で書き込む形で行われている。
教育工学・情報科学の研究者で、後述するテスト採点ソフト「EdLog クリップ採点支援システム」を開発した中川哲さんによれば、その理由は明白だ。
「パソコンやタブレットでテストを行う場合、後ろの席から画面が見えてしまいますよね。カンニングを防ぐには席を仕切るなど大掛かりな準備が必要ですし、機器トラブルで試験が中断される可能性もあります。復習代わりの小テストなら電子端末でよいのですが、公正さと安定性が要求される定期考査は、今のところ紙のテストが適しているのです」(中川さん)
加えて、これまで紙ベースで問題作成を行ってきた教員にとり、テストをCBT(コンピュータ・ベースド・テスト。コンピュータを使った試験形式)に切り替えるとなれば、問題作成からテストの実施に至る多くの作業工程を大幅に変える必要があり、ただでさえ長時間労働が問題となっている教育現場にさらなる負担を強いる点で、現実的ではない。
もちろん、紙のテストにも難点はある。CBTが採点と集計を自動化できるのに対し、紙のテストはいずれも手作業で行うため、実施後に時間と手間がかかることだ。
そのような事情を汲み、中川さんは学校で行われるテストの採点を効率化するソフト「EdLog クリップ採点支援システム」を開発した。紙のテストをスキャナで読み取り、パソコン上で採点するシステムである。
特徴的な「クリップ採点」は、複数のテスト用紙の同じ設問を同一画面に並べて採点する方式のこと。採点基準がブレにくく、誤答パターンが把握しやすいので、テスト後の指導に活かせるという長所がある。解答用紙に指導コメントや模範解答を添える機能も充実しており、生徒は返却された解答用紙を見て、自分が何を強化すべきか容易に把握できる仕組みだ。
そしてパソコン上での採点が終わると同時に、個々の解答用紙の得点計算はもちろん、全体の集計と台帳への記録が行われ、返却用となる解説付きの解答用紙が出来上がる。
こうして採点の質を上げながら教員の負荷は大幅に軽減し、指導の時間を生み出すのが、このソフトウェアのコンセプトだ。別の言い方をすれば、紙のテストを活かしながら採点業務をICT化することで、教員の働き方改革と、生徒一人ひとりに寄り添った教育を両立させる試みであると言える。
ところで、テストに限定せず学習全般に目を向けたとき、「紙とデジタル」、どちらが学習効果が上がるのだろうか。教育分野の研究論文を多数発表している中川さんに尋ねてみた。
「それは学力をどう定義するかによります。単語を覚える行為に限定すれば、紙に書いて覚えるほうが定着率が高いとした調査もありますが、そこで問われているのは『単語の記憶力』のみ。それだけが学力ではないですし、もちろん個人差もあります。大多数が『紙のほうがよい』と感じた条件下でも、1人が『電子端末のほうがよい』と思えば、その人は電子端末で学習した方がよいでしょう。ある方法が高い平均値を出したからといって、その方法をすべての人に当てはめるのはナンセンス。異なる教育環境や選択可能な方法をいくつか用意して、学習者が自身に適したものを選びとる、そうした『個別最適学習』が今後の潮流になっていくと思います」(中川さん)
学校の勉強といえば一斉指導が当たり前で「個別最適学習」を耳慣れないと感じる世代には、考え方の大転換を迫られる話だ。一方、紙とデジタルの使い分けについて、その世代でも共感できるエピソードを中川さんが教えてくれた。
「『EdLog クリップ採点支援システム』では、テスト返却をデジタルデータとプリントアウトした紙の2通りから選べるのですが、ある学校で行った調査では、子供たちの半数が『デジタルデータだけでよい』、残りの半数が『デジタルデータと紙の両方が欲しい』と答えたそうです。なぜかというと、例えばスポーツ競技を頑張って優勝したとき、その賞状がデジタルデータだけだったらガッカリしませんか。紙が必要な場面はやっぱりあるんですよね」(中川さん)
実体をもち、五感を通じて感情を揺さぶる紙ならではの役割がある。教育においても多様化が進む今、既成概念を取り払って紙の役割をもう一度考えてみることが、私たちには必要だ。そこで再定義された役割が、これからの社会をつくる一助になるだろう。
ライター 石田 純子
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