小さな紙片を無数に集めて空間を幻想的に彩る。そんな手法でつくられたディスプレイがある。ショーウインドーはもちろん、風雨にさらされる屋外展示にも対応する、驚きの紙の使い方に迫った。
さまざまな店舗や商業施設から依頼を受け、紙のディスプレイを制作しているのは、ネコネコデザインペーパーアーツ(神奈川県川崎市)の菅野一剛さん。手軽に入手できて加工しやすい「紙」に、素材としての魅力を見出し、初めは趣味として取り組んでいたペーパーアート制作を、2018年から本業にしている。
広い空間を華やかに彩るディスプレイは、間近で見ると、手のひらに収まる小さな紙のモチーフの集合体であることがわかる。単体ではひたすら繊細な印象を与える紙の造形物も、数を増やして立体的に設置することで、異なる表情が備わっていく。
「ディスプレイ全体の完成予想図はあらかじめ頭に入っているのですが、それでも紙のモチーフをたくさん用意して現場で組み合わせていると、自分の想像を超えて作品が勝手に走り始める瞬間があるのです。そこに生まれるダイナミズム、圧倒される感じが心地いい。そこに到達したとき、この仕事は成功だと思えて安心できるんです」と、菅野さん。
「重要なのはディスプレイの全体像」だとしつつも、一つひとつのモチーフの造形には手を掛けている。有機的な表情を生み出すため、形状はあえてフリーハンドで描き起こす。その形状を大判の紙から切り出すのはカッターの付いたプロッターに任せるが、切り出した紙片はそれぞれに、折りや曲げ、貼り合わせなどの加工を手作業で施していく。ダイナミズムと繊細さが共存するディスプレイの魅力は、このようなディテールに及ぶ調整に支えられているのだろう。
「ペーパーアーツ」の屋号の通り、使用する素材は多種多様な紙で、最近気に入っているのはメタリック調のハリのある紙だ。
「金・銀はもちろん、色のバリエーションやホログラム調などのバリエーションを揃えたメタリック紙のシリーズは、見栄えがいいだけでなく強度も申し分ない。天吊りのディスプレイなどは吊ったときにちぎれないよう、とくに強度が気になるものですが、その点も心配なく使えています」と、菅野さん。
状況に合わせて紙を選ぶノウハウも豊富で、屋外のディスプレイには合成紙の「ユポ」をもっぱら使用している。耐水性があり風雨に耐えるのはもちろん、丈夫でヨレたりすることもなく、2カ月程度なら充分美観を保つことができるという。
美しさと耐久性を兼ね備えたディスプレイは依頼主からの評価も高く、ジュエリーや高級品を扱うハイブランドからの引き合いも多い。
「ハイブランドの依頼で多いのは『新鮮みのあるディスプレイにしてほしい』というもの。さまざまな形式や素材がある中で、慣れ親しんだ素材である紙を『新しいもの』として見せることが期待されているのです。それに応えて、出来上がりを見た依頼主の『おおーっ!』という歓声を聞くことができたときは、自分としても嬉しいですね」(菅野さん)
子供の頃から「他人と同じことはしたくない」という思いが強かったといい、それを体現するように、ペーパーアートによる商業空間のディスプレイを請け負う事業者としては稀有な存在となった。ディスプレイ制作のかたわら製造販売しているカード類が、海外訪日客に好評であることから、今後はディスプレイ制作で海外進出することも視野に入れている。
将来、異国の地で菅野さんのディスプレイを目にした人が、はじめは壮観な全体像に、次はディテールの繊細さに、さらにはそれが紙でできていると知って、「OH!」と感嘆の声を上げることを、ぜひ期待したい。
※「ユポ」 は、(株)ユポ・コーポレーションの登録商標です。
ライター 石田 純子
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