「あの日」から15年。東日本大震災をはじめとする被災地の支援は、息長く続けることが大切だと私たちは学んだ。被災地支援の長期的な取り組みから生まれた紙が、「綿花栽培」という日本では稀有な業態を支えながら、名刺や封筒に加工されている。はたしてどんな取り組みなのだろうか。
災害が多発するこの国において、被災地への支援は特別なことではなく、生活の一部になりつつある。支援を日常化する大切さに気づかせてくれたのが、「東北コットンプロジェクト」の存在と、参加企業の一つで企業向けの名刺や封筒の製造販売を行っている株式会社山櫻(東京都中央区)の取り組みだ。
まずは東北コットンプロジェクトの説明から始めよう。2011年の東日本大震災の発生からほどなくして、津波を受けて稲作が困難になった米農家に対し、塩害に強い綿花の栽培を提案し、栽培、商品化、製造、販売までを一貫して行う事業を立ち上げたのが、東北コットンプロジェクトである。

綿花を植え付けたのは、海水をかぶった農地のほか、新たに山を開墾して畑にした土地などで、宮城県内に主要な拠点がある。綿花の栽培が国内でこれまでほとんど行われていなかったこともあり、栽培初期は困難の連続であったという。しかし近年では初冬にふんわりとした白い綿が収穫できるようになり、地元の住民とプロジェクト参加団体による「収穫祭」も開催されている。
摘み取った綿が衣類やタオルの原料となる一方で、綿花の硬い茎は細かく砕いて森林認証パルプ(木材パルプ)と合わせ、紙に抄き上げられている。抄き上がった紙は綿花の茎の繊維がちりばめられたナチュラルな風合いになり、印刷や加工に適した性質と紙厚のバリエーションがあるため、さまざまな用途に使用できる。
山櫻では2016年から被災地支援の一助を担うビジネスとして、この東北由来の紙を用いた製品の製造販売を始めた。展開製品は名刺、封筒類、紙製ファイルや紙器、製品タグなどがあり、主に企業等を顧客とするBtoB販売を行っている。
特に需要が多いのが名刺で、採用するのは被災地支援の趣旨に賛同する企業が主である。
「風合いのある紙なので、名刺を渡したときに話がふくらみやすく、また被災地支援に協力する企業姿勢をさりげなく伝えられるツールとして、好評です」と語るのは、同社の西井彩子さん。
西井さんは後述する岡田綾子さんとともにマーケティング部に所属し、製品展開や広報に携わる傍ら、宮城県内の綿花農場に足を運んで東北コットンの収穫祭に参加したこともあるという。


名刺をはじめ、オフィス用の紙製品を多数扱う同社において、エシカルペーパー(社会性や倫理観を重視した紙)取り扱いの歴史は長く、再生紙に始まり、間伐材紙、森林認証紙、ザンビアの経済支援につながるバナナペーパーなど、さまざまなエシカルペーパーを揃えて積極的に製品展開を行ってきた。東北の綿花からつくられた紙もその一つで、この紙の存在を知るなり採用を即決し、今に至っている。
「東北由来の紙を扱うことで少しでも復興を支援できるのであれば、反対する理由はないですから」と、岡田さんは導入時の様子を説明する。
東北コットンからつくられた名刺や封筒を導入する企業は、自社が復興を支援していることを大々的にアピールするというより、使い切ったら次もリピート購入し、粛々とサイクルを回しているように見えるという。
「支援につながる行動を、途切れさせずつないでいくのを大切にしているという印象です。私どもの主力製品の名刺も、もともと『人と人』、『企業と企業』の出会いをお手伝いする黒子であり、裏方なんですよね。とすれば、名刺やその他の紙製品を通じた復興支援が、静かで日常的なものになるのも自然なことかもしれません」(岡田さん)
いつも身近にある紙だからこそ、無理なく続けられる支援のかたちがある。東北コットンとそこから広がる数々の製品が、新たな地場産業として地域振興の旗印になることを願うばかりだ。
ライター/石田 純子 著書に『デザイナー・編集者のための紙の見本帳』(エムディエヌコーポレーション)ほか
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