OVOL Insight
プロジェクトストーリー

数々の紙製品に囲まれる中、出会った「和紙布」。その魅力を世に広めていく

日本紙パルプ商事グループでは、社員一人ひとりが当事者意識を持ち、社会課題の解決にグループ一丸となって取り組むとともに、紙の限りない可能性を追求し、新たな価値の創出に挑戦する姿勢で日々の業務に携わっている。

関西支社 機能材部 紙製品課に所属する井上と小山は、日々の営業活動の中で、紙を原料とした機能的な素材「紙糸」と出会い、大いなる可能性を見出した。画期的な世界初の紙糸量産装置(特許6822708号)を開発したITOI生活文化研究所と日本紙パルプ商事の協働によって、今後どのようなイノベーションを起こしていけるのか。紙糸の将来性に着目すると同時に、日本を代表する和紙布研究家である同研究所 糸井代表が仕掛ける「和紙布」によるプロダクトが新たな価値を創造し、社会に変革をもたらすことに期待を寄せている。

井上 智一
Tomokazu Inoue
日本紙パルプ商事株式会社
関西⽀社 機能材部 紙製品課 課⻑
小山 貴広
Takahiro Koyama
日本紙パルプ商事株式会社
関西⽀社 機能材部 紙製品課
糸井 徹
Toru Itoi
株式会社ITOI生活文化研究所
代表取締役
※ 所属・役職名は取材時時点のものです

日本紙パルプ商事の中で唯一「紙製品」の名が付く課

井上と小山が所属している「紙製品課」は、日本紙パルプ商事の中で唯一「紙製品」の名が付いている課である。大阪にはノートや封筒などの「紙」でできている製品にまつわる顧客が多いことの表れだ。最終製品が多種多様であるため、顧客の要望も多岐にわたり、営業部署の中でも特にバラエティに富んだ商材を取り扱う。そのラインアップは幅広く、出版物などの用途で使用される印刷用紙や、オフィスで消費されるノーカーボン紙・コピー用紙などの情報用紙に加え、パッケージに用いられる紙器箱・弁当容器等の耐油耐水紙や段ボール原紙、さらにはノートや封筒などの紙製品用の原紙などが含まれる。また、紙以外にも樹脂やフィルムといった化成品関係や電力なども販売している。

さらに、紙に対するニーズも細分化されており、顧客それぞれの製品に合わせた紙を用意するため、個別の注文に応じて紙を抄(す)く「別注品」の取り扱いが多いことも特徴のひとつだ。「別注品」は、メーカーや当社が常に在庫しているような幅広いユーザー向けの一般的な紙とは異なり、代替品で対応することが難しいため、メーカーへの発注や在庫管理など常に細部にわたる気配りが欠かせない。また、前述のように一つの課で扱うにはかなり幅広いアイテムがあることから、「紙のプロフェッショナル」として取引先に認められるため、各商品知識に精通し、幅広い情報を常にアップデートしていくことが求められる。

2000年以降での紙製品課を取り巻く社会の動きとしては、インターネットによるオフィス用品の法人向け通販事業が普及したことなどが影響し、廃業を余儀なくされる取引先もあった。近年では、新型コロナウイルス感染症対策から学校が軒並み休校したり、企業でのテレワークも進んだことなどが、ノートやコピー用紙等の紙製品の需要減に拍車を掛けている。コロナ禍が終息したとしても、児童・生徒の減少(少子化)とペーパーレスの浸透(デジタル化)を背景に、紙製品市場は長期にわたって縮小していくというのが業界の一般的な予想だ。

紙糸の魅力を知り、手応えをつかむ

紙製品課も逆風にさらされる中、あるとき井上と小山は取引先から「紙糸」について問い合わせを受ける。これまで数多くの紙製品を取り扱ってきた百戦錬磨の二人でさえも初めて耳にする商材だったが、社内で情報収集したところ、薄い紙が紙糸の材料になるという紙糸の仕組みを学ぶとともに、紙糸原紙をつくる製紙メーカーの存在を知った。「紙糸原紙は10g/㎡台ほどの米坪(※)の紙です。これほど薄い紙は扱ったことがなく、率直に言って戸惑いました。薄い紙がどうやって紙糸になるのか? その後、どうやって布になるのか? と(井上)」。数々の疑問が湧いたが、一つ一つ製紙メーカーに尋ねながら、少しずつ理解を深めていった。

※1平方メートルあたりの紙1枚の重量のこと。重量単位にはgを用い、g/㎡で表す。同じ銘柄の紙の場合、米坪が小さくなるほど薄い紙といえる。
関連リンク:OVOL LOOP「紙の単位(坪量、連、連量)」

結果として、取引先からの要望に応えることができ、現在も商品開発に向けての取り組みを進めている。一方、継続的に紙糸原紙をつくる製紙メーカーとやりとりを重ねるうち、当社と「ぜひ一緒に取り組んでいきたい得意先がある」として新たに紹介を受けたのが、ITOI生活文化研究所だった。早速二人は、同研究所で代表を務める糸井氏の自宅兼事務所へ足を運ぶ。糸井代表が最初に口にしたのは、和紙の糸でできた靴下の話だった。「サンプルをいただき、実際に履いてみたところその心地よさに驚きました。まさに『快適』の一言に尽きるのですが、私自身の肌感覚と、和紙が持つ『多孔質』という性質ゆえにサラサラの状態が保たれるというエビデンスが矛盾なく合致したのです(小山)」。紙業界に落ちる影とは対照的な光が、そこにはあった。この先を照らすような手応えを感じた、井上と小山は語る。

紙糸を含む紙文化の盛り立て役として、
日本紙パルプ商事がある

いわゆる伝統工芸としての切り口から語られることの多かった紙糸が、工業製品として消費者にとって身近なものへと変わろうとしている。チャンスは着実に生かしたいところだ。「ここ1年でも、紙糸を用いた新商品の記事などを目にする機会が増えました。ポテンシャルが高い商材ですので、今後ますます伸びていくとみています。需要の増加が確実となれば、それに対応できる生産体制の強化が急務となるでしょう(井上)」。特筆すべきはITOI生活文化研究所が開発し、特許を得た「Direct Washi」という紙糸を量産する装置だ。一般に紙糸は独特の硬さを持つことで知られているが、同装置が生み出す紙糸には、軟らかさのほか「伸び」がある。また、手すきの原理を生かした機械すき和紙の原紙をスリットしながらダイレクトに撚糸(ねんし)機へと運ぶこの装置は、紙糸の量産化を可能にしている。「この装置が普及すれば、さらに多くの和紙布製品が流通するでしょう。和紙布はまさに、日本紙パルプ商事が今後手掛けていくべき商材です。当社の役割は紙糸原紙を仕入れてITOI生活文化研究所様に卸すことですが、今後はそれだけにとどまらずITOI様と一体となり、紙糸の良さを世の中に広める取り組みを進めていきたいと考えています(井上)」。

Direct Washiの開発に携わった糸井代表は、同装置による量産化を「和紙糸紡績の幕開け」と表現し、小山も同様に大きな期待を寄せている。「紙には『伝える』『包む』『拭く』という役割がありますが、そこに人の生活と密接に関わる『着る』という役割が新たに定着すれば、糸井代表が望んでおられる産業構造の変革も夢ではないと感じています(小山)」

糸井代表の熱量と和紙布の魅力に感化されたという井上と小山は、「我々こそ、紙糸を含む紙文化の盛り立て役にふさわしい」と語る。その理由は、日本紙パルプ商事が有する知見だ。紙に関する知識は当然のことながら、紙業界の商習慣や動向、人脈に関する情報など、そこには紙の価値と可能性を追求し続けてきた先人たちの努力と、一つ一つ誠実に取り組まれてきた数々の結果が反映されている。「当社の知見は紙業界一であるという自負があります。誇れる紙文化を次世代へつないでいくことこそ、われわれの使命(紙命)です(小山)」

紙製品課という名を、これからも引き継ぐために

ITOI生活文化研究所が手掛けた和紙布のアイテムはすでに数多く市場で展開されており、新たにデニム向けの用途開発も進められている。さらには、アパレルの垣根を越えた高い汎用性も期待されているという。「市場を開拓していく担い手として当社が動いています。これからも引き続き、紙に関する最先端の情報をITOI生活文化研究所様へ共有させていただく所存です。また、糸井代表は2025年の大阪万博で和紙布の魅力を世界に向けて発信するというビジョンを描いています。その実現に向け、当社としてもお手伝いができればと考えています(小山)」。

紙糸は21世紀における紙製品課の名にふさわしい素材だと、井上と小山は口をそろえる。「紙糸が紙製品課の新たな柱となる」そんな未来図を井上と小山は描き、紙糸による新たな価値の創出に挑戦している。とりわけ井上には、紙製品課という名を後世に残す責務がある。「時代の変遷とともにさまざまな部署名も変わってきているが、関西支社の『紙製品課』という名は先々に残したい」。井上が紙製品課に着任した際、かつての上司が吐露した言葉だ。「日本紙パルプ商事の長い歴史の中で残り続けた紙製品課という名は、これからも引き継がなければと思っています(井上)」。紙糸を軸に、課名の存続を守る――こうした志こそ、持続可能な社会を支えていくのかもしれない。

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[掲載日] 2022年11月28日