ハチの巣のような立体構造を指す「ハニカム構造」は紙の世界にも存在する。そのハニカム構造を用いて、紙の重なりがつくり出す陰影と、ふんわりと開いた形状が美しい花器がデザインされた。手軽に取り入れることができ、暮らしを美しく彩る紙の花器の、知られざる開発ストーリーに迫った。
ハニカム構造の紙といえば、七夕やお祭りの飾りでなじみのある、カラフルな紙でつくられた小物が思い浮かぶ。しかし、強度のある段ボール原紙などでつくられたハニカムペーパーが、軽くて丈夫なことから、建材の補強材などとして用いられているのはご存じだろうか。
私たちの身の回りではドアの中芯や、テーブルの天板の中芯などにハニカムペーパーが多用されているが、「中芯」というだけあって他の素材で覆われ、その様子を目にすることはほとんどない。

そのハニカムペーパーの伸縮自在な構造はそのままに、紙をやさしい色合いのラシャ紙や、砂粒を散らしたような表情のある紙に変えて、構造の美しさと面白さが目に見えるようにデザインされたのが、2種類の花器「Dress Pot(ドレスポット)」と「Change Pot(チェンジポット)」である。
ドレスポットは、ハニカムペーパーを開いて手持ちのペットボトルに巻き付け、紙の両端をマグネットで留めて使用する。チェンジポットはハニカムペーパーを開いてマグネットで留め、リング状にした後、中心部を指で広げて好きな形に変形させてから、中心部に付属のガラスシリンダーをセットする。
いずれもぷっくりとした安定感のある形で、花を活けても倒れにくい。使わないときはマグネットを外してたためば薄くなり、コンパクトに収納できるなど、使いやすさにも配慮されている。
「たたむと薄くコンパクトになるのはハニカムペーパーの特徴なので、その良さを伝えることにはこだわりました。収納しやすいのはもちろん、プレゼントや郵送にも適した仕様です」と語るのは加藤淳一さん。ドレスポットとチェンジポットの開発製造元・ナゴヤ芯材工業株式会社(愛知県小牧市)の常務である。
同社は数少ないハニカムペーパーの製造会社で、主力製品は中芯材などの工業製品、別の言い方をすれば「見えない」ほうのハニカムペーパーである。なぜそのメーカーが、従来の得意分野とは異なる生活雑貨の製品開発に進出したのだろう。
「一つには『見えない』ハニカムペーパーを表舞台に引っ張り出して、『見える』ものにしたかったということ。私たちの仕事を対外的に理解してもらうために、目に見えるシンボルがあったほうがよいと考えてのことです。もう一つは、新規事業創出への足がかりです。今後の市場の変化に備えるために、新製品を出して従来とは異なる事業分野にも積極的に進出していきたい。そんな思いがありました」(加藤さん)


そのため、社内では4、5年前からハニカムペーパーを使ったさまざまな試作が重ねられていた。素材の面白さゆえか、その試みは「遊びのようなもの」であったというが、それが一気に発展し製品化が加速したのは、外部デザイナーである株式会社イド(東京都渋谷区)の小栗誠詞さんが開発メンバーに加わってからである。
リング状にしてくるりと回転させることで変幻自在に形を変えるハニカムペーパーは、小栗さんの興味を引いた。約1年の開発期間を経て完成したチェンジポットが、この特徴を最大限に活かす形でデザインされているのは、ここまで述べてきた通りである。
ナゴヤ芯材工業とデザイナーの小栗さんの協働によって誕生したドレスポット、チェンジポットの二つの花器は、2024年秋の発売以降、通販サイトや生花店で販売され、好評を博している。端正なたたずまいに、形が変化する楽しさや、どんなインテリアにもしっくりとなじむナチュラルな風合いが共存しているのは、ハニカムペーパー以外の素材では醸し出せない唯一無二の魅力ともいえる。

最近ではSDGsをテーマにしたイベントで、ドレスポットとチェンジポットが注目を浴びる場面が増えてきているという。脱炭素社会の実現に向け、企業各社は自社からリリースする製品の成り立ちを熟考し、ライフサイクル全体の環境負荷を抑えることが強く求められている。それはときに製造上の厳しい条件として、ものづくりの現場を戸惑わせることもある。
しかしその中にあって、この二つの紙の花器は、ものが与えてくれる美しさや楽しさ、暮らしの豊かさを諦めることはない、条件があればそれを越えていけばいいのだと、私たちに教えてくれているようにも感じられる。

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