日本紙パルプ商事は、紙の持つ価値と魅力を確実に次世代へと伝えていくため、「出前教室の全国展開」や「定期ワークショップの開催」、「紙の研究会による継続的な探究活動」に取り組んでいます。これらの活動を通じて、紙文化の普及と理解促進を図るとともに、紙の存在感と可能性を社会に広く発信しています。
紙の価値普及に向けた「紙の研究会」
「紙の研究会」では、紙の魅力をより多くの方に知っていただくため、「紙の価値」と「紙と地球環境」の二つのチームに分かれて活動をしています。「紙の価値」チームは、紙の役割や機能のなかでも特に「紙の本」に注目し、その魅力や価値を整理・可視化を進め、広く発信する取り組みを進めています。本活動にあたっては、群馬大学 情報学部の柴田博仁教授をアドバイザーとしてお迎えし、学術的な視点から継続的なご支援をいただいています。
このたび、紙の価値チームでは柴田教授のご助言のもと、「子どもたちと紙と教育」をテーマに取りまとめました。ぜひご一読ください。
教育のデジタル化は、いまや避けて通れない流れとなっています。日本ではGIGAスクール構想を背景に、児童生徒一人一台端末の環境が整い、デジタル教科書の活用についても制度が整備されつつあります。学習機会の地域差を縮小し、多様な学びを支える基盤が整ったことは、教育における大きな前進と言えるでしょう。動画や音声、拡大表示といった機能は、理解を助け、学びへの入り口を広げてきました。
一方で、教育現場や研究の分野からは、新たな問いが投げかけられています。学びが効率化され、情報へのアクセスが容易になるなかで、子どもたちは「どのように考え、どのように理解しているのか」。そして、「その変化は、発達の過程にどのような影響を及ぼしているのか。」こうした問いは、デジタル化が進むほどに重要性を増しています。
本稿は、デジタル技術を否定するものではありません。むしろ、その利点を正しく評価したうえで、子どもの発達という視点から、紙とデジタルの役割を見つめ直すことを目的としています。便利さや新しさの先にある「学びの質」に目を向けることが、本稿の出発点です。
学びの出発点となる幼少期は、脳の神経回路が急速に形成される、きわめて重要な時期です。この時期の学びは、知識をどれだけ獲得したかよりも、「どのように学ぶか」という回路そのものをつくる経験として大きな意味を持ちます。
近年の脳科学研究では、文字を「手で書く」行為が、単なる記録手段ではなく、思考や記憶の形成に深く関わっていることが示されています。紙に文字を書く際には、指先の微細な運動、文字の形を認識する視覚情報、書く速度を調整する運動制御など、複数の脳領域が同時に働きます。
James & Engelhardt(2012)は、キーボード入力のみを行った子どもと比べて、手書きを行った子どもは、文字認識時に、より広範な脳活動を示すことを報告しています。 これは、手書きが文字と意味を結びつける神経回路の形成を助けていることを示唆しています。
また、手書きには「考える速度」を自然に調整する働きがあります(Mueller et al.,2014)※。紙は文字を消したり修正したりできるものの、デジタルのように瞬時に書き換えられないため、言葉を選び、思考を整理しながら書く姿勢を促します。こうした時間のかかる経験は、集中力や思考の持続力の基盤となります。幼少期の学びが、情緒や非認知能力と深く結びついていることを考えると(国立青少年教育振興機構,2021)、紙に触れ、書き、描く体験が果たす役割は小さくないことが予想されます。
※本文中の(著者/機関名,年)は、参考文献を示します(以下同様)
デジタル教材は、視覚的な理解を助ける点で有効ですが、幼少期においては、こうした身体性を伴う学びを補完する存在として位置づけることが望ましいのではないかと考えます。この「身体を通した学び」という視点は、次章で扱う「読む力」の形成にも深く関わってきます。
人間の脳には、生まれつき「読む」ための専用回路が備わっているわけではありません。読むという行為は、視覚情報を文字として認識し、それを音や意味に結びつけ、さらに文脈として統合するという、極めて高度な認知活動です。
神経科学者のメアリアン・ウルフ (2020)は、この一連の働きによって形成される神経ネットワークを「読む脳」と呼び、読書経験が脳を再編成することを示しています。つまり、読む力は生まれつき備わった才能ではなく、後天的な努力によりつかみ取る必要があります。したがって、どのような媒体で、どのような読みの経験を積み重ねてきたかが重要だといえます。
この視点に立つと、紙かデジタルかという違いは、単なる好みや利便性の問題ではなく、「どのような脳の使い方を育てるのか」という問いにつながります。
デジタル端末での読書は、検索性や即時性に優れ、必要な情報にすばやくアクセスできる利点があります。その一方で、スクロールやリンク、通知といった要素が注意を分断しやすく、文章を精読するよりもキーワードを拾う「探索的な読み」に偏りやすい傾向があります。このような読み方は、情報収集や概要把握には有効ですが、文章の細部に立ち止まり、前後の文脈を踏まえて意味を深く考える場面では、不利に働くこともあります。ウルフは、デジタル環境に偏った読書が続くことで、深い読解に必要な集中や忍耐の回路が十分に使われなくなる可能性を指摘しています。
これに対して紙の本での読書は、文章に意識を集中しやすく、全体の流れを踏まえて読み進められるという特徴があります。ページをめくる動作や、本文が本のどの位置にあるのかを空間的に把握できることが、読みのリズムを整え、内容の理解を助けます。
Mangen et al.(2013)の研究でも、同一の文章を紙と画面で読んだ場合、紙媒体で読んだ読者の方が、内容理解や文章構造の把握において有意に高い成果を示したことが報告されており、特に物語の時系列や論理展開を正確に捉える力において、その差が顕著でした。
紙の本では、「どこまで読んだか」「どれくらい残っているか」といった情報を、視覚だけでなく身体
感覚として把握することができます。こうした触覚的・空間的な手がかりが、内容理解や記憶の整理を無意識に支えていると考えられています。また、外的な割り込みが少ない環境では、読者は文章に立ち止まり、考え、行き戻りながら読むことができます。この「立ち止まる読み」こそが、共感力や想像力、内省といった深い読解を支える要素です(毛内,2025)。
重要なのは、どちらか一方を選ぶことではありません。デジタルは速く探し、広く理解する読みを支え、紙はゆっくり考え、深く理解する読みを支えます。目的に応じて読みのモードを切り替えられる力、すなわち「バイリテラシー」の視点が、これからの読書環境には求められています。読む力は環境によって形づくられるからこそ、どの媒体でどのような読みの経験を用意するのかが、学習設計の重要な要素となります。
読む力が経験によって形成されるものであるならば、その最も早い段階に位置づけられる体験の一つが、絵本の読み聞かせです。子どもは自分で文字を追っていなくても、物語の流れや言葉の響き、感情の動きを、大人の声を通して受け取っています。ページがめくられ、絵が現れ、物語が進んでいく一連の体験は、後に自分で読む際に必要となる「読む脳」の土台を育てていきます。
絵本の読み聞かせは、単なる情報の伝達ではありません。そこには、親子の間で交わされる視線、声の抑揚、間の取り方、問いかけと応答といった、豊かな相互作用があります。Yuill et al.(2016)の研究では、紙の絵本を用いた読み聞かせの方が、デジタル画面を介した場合よりも、親子間の対話量が多く、子どもの発話も促されやすいことが示されています。紙の絵本は操作が単純で、注意が物語そのものに向きやすく、対話を妨げにくいという特性を持っています。
こうした対話的な読み聞かせは、語彙や理解力だけでなく、「読むことは人と共有する体験である」という感覚を育てます。この感覚は、その後一人で本を読むようになったときにも、内的な対話として生き続けます。実際、幼少期に読み聞かせの経験が豊富な子どもほど、成長後の自主的な読書量が多い傾向が報告されています。それは、読み聞かせが読む力を直接教えるからではなく、「本に向き合うことは楽しい」という情緒的な記憶を残すからだと考えられます。
デジタル時代においても、読み聞かせの本質は変わりません。媒体の新しさよりも、人と人とのあいだで物語を共有する体験こそが、その価値の中核にあります。この点は、次章で扱うデジタル教科書の議論とも深く関わってきます。
読み聞かせの研究が示しているのは、すべての学習体験がデジタルで等価に置き換えられるわけではないという事実です。この視点は、学校教育の中核に位置づけられつつあるデジタル教科書を考えるうえでも、重要な示唆を与えます。
日本では、GIGA スクール構想を背景に、デジタル教科書の制度整備が進み、特定の教科や学習場面での活用が広がっています。動画や音声による説明、拡大表示、学習履歴の管理などは、理解の補助や個別最適化の面で一定の成果を上げています。一方で、長時間の画面閲覧による集中力の持続や、記述学習との相性、教師の負担といった課題も、導入が進むほど顕在化しています。
海外では、より早い段階でデジタル化を進めた国々を中心に、見直しの動きが見られます。北欧諸国では、デジタル化の推進を経た後、紙教材を再評価し、併用する方針へと転換しています。特に低年齢層における読解力や集中力への懸念が、その背景にあります。現在では、紙の教科書で基礎的な理解を積み重ねた上で、デジタルで可視化や反復、探究を支えるという役割分担が、現実的な解として採用されつつあります。こうした組み合わせにより、学びの質を無理なく高めていける可能性が広がってきています。
これらの海外事例が示しているのは、デジタル化への反動ではありません。むしろ、実践を通して得られた知見を踏まえ、学習科学や発達の視点から教育環境を再設計しようとする動きだと捉えることができます。第 4 章で見た読み聞かせの研究が示すように、対話や注意の共有、身体性といった要素は、学びの初期段階において特に重要です。こうした要素は、教材の機能だけでは補いきれない側面を持っています(OECD,2015)。
デジタル教科書は、使い方次第で学びを広げる力を持つ一方、すべてを置き換える万能な解決策ではありません。どの学年で、どの教科で、どのような目的で用いるのか。その判断が、学びの質を大きく左右します。
本考察を通じて見えてきたのは、紙とデジタルのどちらが優れているか、という単純な対立ではありません。 むしろ、子どもたちの発達段階や学びの目的に応じて、どのような環境を用意することが望ましいのかという、より丁寧な問いです。
幼少期から学童期にかけての子どもたちは、知識を効率よく吸収する存在である以前に、世界との関係を少しずつ築いていく途上にあります。 文字に触れ、物語に出会い、書くことや読むことを通して、「わかる」「伝わる」「考える」といった感覚を、自分の身体と心の中に積み重ねていきます。この過程において、紙の教材や本が果たしてきた役割は、単に情報を載せる媒体以上のものでした。ページをめくる感触、書き直しの跡が残るノート、読み聞かせの時間に交わされる視線や言葉。そうした一つひとつの経験が、学びを「自分のもの」として感じる基盤を形づくってきたことは、多くの研究が示しています。
一方で、デジタル技術が教育にもたらした可能性も否定できません。情報へのアクセスを広げ、学習を補助し、個々の理解を支えるツールとして、適切に使われる場面は確実に存在します。 だからこそ問われているのは、何を導入するかではなく、どのように使い、どの段階で子どもたちに手渡すのかという視点です。
家庭においても、学校においても、子どもたち自身が環境を選ぶことはできそうにありません。どの教材に触れ、どのような学び方を経験するのかは、周囲の大人の判断に委ねられています。その選択は、小さく見えて、子どもたちの「学びとの向き合い方」を長期に渡って形づくるものです。便利さや時代の流れに身を委ねることは、決して誤りではありません。しかし同時に、目の前の子どもたちが、いま何を必要としているのか、立ち止まって考える余地も大切にしたいところです。紙とデジタルのあいだで揺れ動く現在は、選択を迫られる時代であると同時に、学びのあり方を見直す機会でもあります。
子どもたちがこれから出会う学びが、速さだけでなく、深さや温度を持ったものとなるように。その環境を整える責任は、教育に関わるすべての大人に、目には見えにくくとも確かに託されているのではないでしょうか。
今回、紙の研究会「紙の価値」チームでは、教育コンテンツのデザイン・開発を手がけている株式会社デジタル・アド・サービス様(https://www.dascorp.co.jp)にデジタル教科書に関する貴重なお話を伺いましたので、ご報告いたします。
インタビューにご協力いただいたのは、同社取締役クリエイティブディレクターの秋田 一様です。秋田様は、国内で初めてデジタル教科書の企画・デザイン・開発を手がけた第一人者であり、黎明期から現在に至るまで、デジタル教科書・教育コンテンツにおける UI/UX※デザインを中心にキャリアを築かれてきました。
※UI(ユーザーインターフェイス) … 見やすさや操作のしやすさ
UX(ユーザーエクスペリエンス)…利用時の満足感や目的達成のしやすさ
Q.デジタル教科書の企画・デザイン・開発に携わられることになった経緯と、具体的なお仕事の内容について教えてください。
A. デジタル教科書の開発に関わるようになったのは、今から 20 数年前、依頼主からのお誘いがきっかけでした。当時は本格的なソフトウェア開発の経験はありませんでしたが、Flash や InDesign といった当時としては新しいツールを用いて、開発の簡素化と美しい文字組みを両立した制作を提案しました。
その結果、コンペで採用され、それ以降、小・中学校向けの国語を中心に、複数教科のデジタル教科書や関連教材の開発を継続しています。
初期のデジタル教科書は、国の政策に先行し、出版社が自主的に取り組んでいたもので、2003 年から開発が始まり、2005 年には国語の製品版が完成しました。当初は、先生がプロジェクターや電子黒板を使って授業中に提示する「先生のためのプレゼンテーションツール」として設計しました。
学校の校舎は、正面に黒板、左側に窓、右側に廊下という構造が一般的です。そのため、右利きの教師が教壇で操作しやすいよう、メニューを画面の右側や下部に配置するなど、教室での実用性を強く意識していました。こうした UI の工夫や豊富に組み込まれたコンテンツは、当時の小学校の先生から「画期的だ」と高く評価され、出版社のシェア拡大にもつながりました。
現在は、GIGA スクール構想により児童生徒 1 人 1 台の端末環境が整いつつあり、デジタル教科書も徐々に普及しています。しかし、自治体や学年によって導入状況には大きな差があり、実際の利用率は教科によってもばらつきがある状況です。また、主要なプラットフォームが複数存在し UI 仕様が統一されていないため、児童や先生が教科毎異なる使い方を強いられ、ユーザー体験の一貫性が損なわれています。
こうした背景から、現在は紙とデジタルを併用するハイブリッド型への移行期にあると考えています。特に、先生の指導方法の変化、デジタル教材活用による新しい指導方法について模索が続いています。
Q.デジタル教科書制作者の視点から見た、デジタル教科書と紙の教科書の違いについて教えてください。
A. デジタル教科書の最大の特長は、紙では実現できない多様な機能を備えている点にあります。国語や英語では音声読み上げ機能が広く活用され、著名な俳優による朗読を収録するなど、学習体験を豊かにする工夫が行われてきました。児童が個人の意見を出し、グループで意見交換や学び合いを行うことは、授業への参加を促す効果があります。外国にルーツを持つ児童や帰国子女にとって重要な総ルビ機能など、読みやすさを高める配慮もデジタルならではの特徴です。
近年は、学習ログの活用が特に重視されています。算数・数学では、解答結果だけでなく途中式や誤答傾向を記録し、それに応じて個別最適化した学習設計が進んでいます。
こうした環境が整った教室では、児童は手を挙げなくても端末上で回答でき、全員が授業に参加しやすくなります。教師もクラス全体の理解状況を即座に把握できます。音声、ルビ、拡大表示など、紙では難しい個別配慮が可能な点は大きな強みであり、特に学習困難や発達障害のある児童に対する学習支援という観点から、デジタル教科書の導入は大きなメリットをもたらします。また、学力向上が期待される地域ではその効果が明確に確認され、導入が進んでいます。ただし、もともと学力水準の高いクラスでは、相対的に効果が見えにくい場合もあります。
一方で、紙の教科書にはデジタルにはない価値があります。OS やブラウザの更新に左右されず、長期間にわたって安定して利用・保存できる点は、紙ならではの強みです。
デジタル教科書の課題としては、操作体系が複雑で直感的に使いにくい部分が残っている点が挙げられます。現代の子どもたちが慣れ親しんでいるゲームやアプリと比べると、反応速度や操作性に物足りなさを感じるでしょう。また、紙と同じ書き込みなどの使用方法を再現しつつ、多様化する OS やバージョン毎の振る舞いの違いに、UI 設計や開発の難易度は高くなっています。技術の陳腐化も早く、Flash 終了のように、従来のコンテンツが短期間で使用できなくなります。
コスト面の課題もあります。社会科や美術など写真や作品を多く扱う教科では、デジタル化に伴い著作権料が増加しがちです。教科書価格は国によって定められているため、開発コストの回収には時間を要します。さらに、紙の教科書完成後、短期間で各 OS 向けのデジタル版を制作・検証する必要があり、開発負担も大きいのが実情です。
今後は、学校現場の声を反映させながら、使い勝手と学習効果を両立させる改良が求められます。学習者と指導者では必要とする機能が異なるため、それぞれに適した UI 設計が重要です。紙の教科書に QRコードを掲載して外部コンテンツと連動させるハイブリッド型の発展や、学習ログを活用した個別最適化学習の進展が期待されます。最終的には、誰もが使いやすい高いアクセシビリティを備えた「学習が楽しくなるデジタル教科書」へ進化していくことが望まれます。
Q.海外において、一部デジタルから紙への回帰が見られる点について、どのようにお考えでしょうか。
A. 海外の状況に詳しいわけではありませんが、例えば韓国では、一教科につき教科書が一種類のみという制度的背景があり、デジタル化を一気に進めやすい環境が整っていました。一方で、急速なデジタル化への反動として、学習効果や子どもの負担感などを理由に、紙の教科書を再評価する声が高まっているとも聞いています。
また欧米では、学校や学区が指定した教材を各家庭が購入するスタイルが一般的で、兄弟間で教科書を使い回すなど、日本とは前提条件が大きく異なります。こうした制度や文化の違いを踏まえずに単純比較することは難しいと感じています。
海外では、デジタル化を進めた結果として紙への回帰が見られる事例もあり、そうした動向を受け、日本ではデジタルか紙かを一律に決めるのではなく、両方を選択できる形が現実的だという考えが浸透しつ
つあるのではないでしょうか。
デジタル教科書の黎明期から教育現場に寄り添ってきた秋田様の言葉からは、紙とデジタルが「どちらかを選ぶもの」ではなく、それぞれ異なる役割を担いながら学びを支え合う存在であるという確かな実感が伝わってきました。紙の教科書がもつ手触りや永続性、全体を俯瞰できる安心感と、デジタル教科書が可能にする多様な個々の理解に寄り添う柔軟さ。両者は対立するものではなく、組み合わさることで、学びはより豊かで多様なものになっていきます。一方で、国の政策や市場構造、制作体制といった現実を踏まえると、デジタル教科書をめぐる状況が短期間で大きく変化することは容易ではありません。それでも、教室で交わされる教師と子どもたちのやり取りや、学びに向かう一人ひとりの姿に目を向け続けることには、変わらない価値があります。紙とデジタル、それぞれの特性を静かに見極めながら、現場の声を少しずつ反映させていくこと。その積み重ねが、急激な変革ではなくとも、これからの学びを確かに支え、新たな可能性へとつながっていくのではないでしょうか。
本稿では、デジタル環境が当たり前となった時代において、子どもたちにとって望ましい学びのあり方とは何かを、発達や認知の視点から考察してきました。そこから見えてきたのは、「紙かデジタルか」という二者択一の問題ではないということです。両者はいずれも人の学びを支えるために生まれたテクノロジーであり、性質や得意とする領域が異なるだけの存在です。なかでも紙は、長い時間をかけて人の身体や認知とすり合わせられ、読み、書き、考えるという営みに寄り添ってきた、非常に成熟したテクノロジーと言えます。
一方でデジタル技術は、情報へのアクセスを拡張し、多様な学習支援を可能にすることで、学びの機会を大きく広げてきました。どちらか一方を基準とするのではなく、それぞれの特性を理解し、学びの段階や目的に応じて柔軟に組み合わせる視点が、これからの教育環境には求められると私たちは考えます。
学びとは本来、もっと自由で、多様な形を許容するものです。効率や即時性だけでは測れず、立ち止まり、考え直し、偶然の出会いの中で静かに深まっていく側面もあります。だからこそ、紙とデジタルという異なるテクノロジーを対立させるのではなく、学びの可能性を広げる手段として捉え直すことが、これからの環境づくりの出発点となるはずです。
子どもたちがどのような道具と出会い、どのような経験を重ねていくのか。その一つひとつが「学びを自分のものとして受け止める感覚」を育てていきます。多様なテクノロジーが共存する時代だからこそ、
学びの形を一つに定めるのではなく、子ども一人ひとりの成長に寄り添う余白を残した環境を、丁寧に積み重ねていくことが重要なのではないでしょうか。
次回の考察では視点をさらに広げ、価値ある本が選ばれ、流通し、読者の手元に届くまでの仕組みに焦点を当てます。
書店や図書館は、単なる保管や販売の場ではありません。長年にわたり、知や文化へアクセスするため
の社会的インフラとして機能してきました。その背景には、編集、選書、流通、空間設計など、多層的で精緻なプロセスが存在しています。
紙の本というかたちが、どのような経路を通じて社会に根づいてきたのかをたどることは、情報があふれる現代において「価値あるものが残り、届く」仕組みを考える手がかりにもなります。
次回は、本を取り巻くインフラや流通の構造に目を向けながら、紙というメディアが社会の中で果たしてきた役割を、あらためて捉え直していきます。
*参考文献:
• James, K. H., & Engelhardt, L. (2012). The effects of handwriting experience on functional
brain development in pre-literate children. Trends in Neuroscience and Education, 1(1),
32–42.
• Mueller, P. A., & Oppenheimer, D. M. (2014).The pen is mightier than the keyboard:
Advantages of longhand over laptop note taking.Psychological Science, 25(6), 1159–1168.
• 国立青少年教育振興機構(2021).子どもの頃の読書活動の効果に関する調査研究.国立青少年教育振
興機構 報告書(2021 年 8 月 11 日).
• メアリアン・ウルフ(2020).デジタルで読む脳×紙の本で読む脳.インターシフト.
• Mangen, A., Walgermo, B. R., & Brønnick, K. (2013). Reading linear texts on paper versus
computer screen: Effects on reading comprehension. International Journal of Educational
Research, 58, 61–68.
• Yuill, N., & Martin, A. F. (2016). Mother–child shared story reading on screen or paper.
Frontiers in Psychology, 7, Article 673.
• OECD. (2015). Students, Computers and Learning: Making the Connection. PISA, OECD
Publishing.
• 柴田博仁, 大村賢悟(2018).ペーパーレス時代の紙の価値を知る - 読み書きメディアの認知科学. 産
業能率大学出版部.
• 毛内拡(2025).読書する脳. SB クリエイティブ.
教科書の中身(コンテンツ)が同じであれば、それを表示する道具(メディア)はどれでもいいのでしょうか。ユーザーインターフェイスの研究をしているのですから。
声を大にして、こう答えたい。
そんなことは断じてありません。
道具の良し悪しで学びの質は大きく変わります。
道具によって取り扱い方が異なり、これが考え方にまで影響するからです。古くから、教科書のコンテンツの是非について、これまでさまざまな議論が繰り返されてきました。
では、コンテンツを表示するメディアについては?
紙か、デジタルか。これらをどのように活用すべきなのか。
今こそ、子どもの学びの道具の使い方を真剣に考えるべきときです。これは、子どもの未来、さらには国の行く末にかかわる大きな問題に思えます。


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