貼り替える前の障子紙に指やこぶしでわざと穴を開け、遊んだ経験はないだろうか。
いたずらのような行いも、このときだけは歓迎される。
そんなちょっとした遊びを思い出させるのが、この貯金箱だ。
「入れやすいけど出しにくい」
「貯めようという気になる」
貯金箱で大切なのはそんなところだろうか。
木枠の両面に和紙を貼った構造の貯金箱「Pos」は、コインが貯まっていく様子が紙を透かして見え、達成感をそそる。
「Pos」の名前は、お金を取り出すために指で紙に穴を開けるときの「ぽすっ」という音にちなんでいる。穴を開けるのを面白がってクセになってしまうと、なかなかお金が貯まらないというユーモラスな貯金箱だ。貼り替え用の和紙も一枚付いていて、元の紙をはがして貼り替えれば何度でも使える。塗装していないナチュラルな木肌に、明るい色合いの和紙を合わせたポップなたたずまいは、インテリアのアクセントにもなるだろう。
構造はいたってシンプルで、コインを入れるスリット付きの木枠を組み立てて、2面に和紙を貼り付ければ完成する。シンプルなだけに材料のカットや組み立ての正確さがクオリティの決め手となるが、手にとって眺めると細部まで丁寧に美しく仕上げられているのがよくわかる。
製造工程はすべて手作業で、その一切は宮城県仙台市にある一寿園という福祉施設が担う。一寿園は身体障害や知的障害のある人たちの就労や生産活動の場であり、とくに木工製品の製造を得意としている。Posが売れれば、その分の工賃が一寿園を通じて作業者に還元される仕組みだ。
Pos誕生のきっかけとなったのは、2013年に実施された「アート クラフト デザイン アワード」というコンペである。障害者の社会参加と自立支援を視野に入れ、実際に福祉施設で製造するための製品のデザイン案を公募したもので、Posも受賞作の一つだった。
その後の事業化にあたってはNPO法人ディーセントワーク・ラボ(東京都大田区)がコーディネート役となり、製品化するための調整を行ったり、販売網を確保するなどして実売につなげている。
同法人の理事を務める本木美穂さんは、Posをはじめ就労支援の施設で製造される製品の創出に携わっている。本木さんの説明によれば、製造上もっとも難しいのは、意外にも「紙を貼る作業」だという。紙にしわが寄らないようにするのが難しく、霧吹きで何度も水を吹き付けて、充分に伸ばした紙を圧着する。その工程を慎重に進めることで、製品の魅力でもある「障子紙のようにピンと張った紙」に仕上がるそうだ。
発売後のPosは実店舗やオンラインショップで継続的に売れており、最近では紙の部分に寄せ書きしてプレゼントにするといった使い方もされているという。
「なるほどと思いました。寄せ書きしてもらった面はもったいなくて、破れなくなっちゃいますけどね」と、本木さんは笑う。
法人名にある「ディーセントワーク」という言葉には「人間らしい働きがいのある仕事」という意味が込められている。
「一人ひとりが役割をもって生活していくことは、その人の生きがいともつながっています。福祉施設に通う人たちも、サービスを受けるだけでなく、ものづくりという生産活動を行って誰かに『ありがとう』と言われることで、より充実を感じることができるのではないでしょうか」と、本木さん。
誰かが使う貯金箱を組み立てる。いずれは破かれるための紙をしっかりと貼る。そんな行為の先に、ユーモアと作り手の自立という二つのテーマが共存している。
ライター 石田 純子
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