「貝合わせ」は美しく彩った二枚貝を使う、平安貴族の優雅な遊びだ。
その貝合わせをモチーフにした美しい紙のトレーがある。
日本の伝統技法を用いて色柄を付けたオブジェのようなトレーは、小物入れにするだけでなく、室内の彩りとして目を楽しませてくれる。
現代のインテリアとも相性が良い紙のトレーは、どのようにして誕生したのだろうか。
このトレーは「紙の貝殻椀」といい、色柄の異なる15種類のバリエーションが揃う。手のひらを覆うほどの大きさで、数種類を一堂に並べたさまは、まさに貝合わせの優雅さを想像させる。
紙の貝殻椀を製造販売しているのは有限会社湯島アート(東京都文京区)で、代表取締役を務める一色清さんは、明治時代から続く江戸砂子(えどすなご)職人の3代目にあたる。
砂子は細かな金銀の箔を専用の筒に入れて振り、紙を装飾する技法だが、一色さんはほかにもさまざまな彩色や箔貼りの技術を習得し、ふすま紙などに装飾を施す「加飾工芸(かしょくこうげい)」を生業としてきた。
紙の貝殻椀は、一色さんが「東京手仕事」という東京都中小企業振興公社主催の商品開発プロジェクトに参加し、グラフィックデザイナーとコラボレーションして生み出したものだ。2020年に開催を予定していた東京オリンピックに照準を合わせ、東京を訪れる人のお土産になる製品をつくるのが、プロジェクトの狙いだった。
一色さんは長年、ふすまに用いるような大きな紙を扱ってきたため、過去にこのような紙小物を手がけたことはほとんどなかったという。さらに、日頃あまり接点のないグラフィックデザイナーとの協業とあって、初めてづくしのプロジェクトとなった。
「ふすま紙は面積が大きいので、落ち着いた印象にするために墨を使って色のトーンを落とすことさえあります。ここまで鮮やかな色を使ったのは、紙の貝殻椀が初めて。小物だからできることですよね。金箔や銀箔の扱いも、デザイナーの意見を入れて、小さな屑は使わずに三角なら三角、四角なら四角く切った箔だけを使って仕上げた柄もあります。技法自体はいつもと変えていないのですが、デザインはまったく違うので、つくっていてとても新鮮でした」と、一色さん。
一方で、一色さんがこだわったのが、使用する紙である。加飾の美しさを引き出すのは和紙だが、和紙は柔らかくて折りにくく、形が崩れやすい。カチッとした形に折り上げるには、ハリのある洋紙が向いている。そのため、和紙と洋紙を合紙して折り目をつけやすくし、形が整うようにした。
紙の貝殻椀の魅力の一つは、温かみのある風合いとシャープな形状の共存だが、その魅力はこうした工夫の上に成り立っているともいえる。
実物を見た人からは、技術の安定性ゆえに印刷で色柄を付けたと思われることもあるそうだが、実際には一色さんが手作業で一つひとつ加飾を施している。華やかさの中に繊細さが感じられるのは、そうした手仕事のたまものに違いない。
「高度成長期にはふすま紙の需要も多く、先代が加飾を機械化して量産も行ってきました。ですが世の中のニーズが変化し、自分も年齢を重ねてきたので、これからは量産にこだわらず、自分の手でできる仕事に専念したいのです」と、一色さん。すでに量産用の加飾機械は処分したというから、強い決意があったのだろう。
紙の貝殻腕の制作を境に、一色さんは加飾紙を用いたウォールアートやアクセサリーなど、ふすま紙とは趣の異なる製品づくりにも乗り出した。そのどれもが、一色さんが手仕事で加飾を行うものだ。
かつては人手のいる仕事を機械化し、量産体制を築くことが、近代化であり、進化であるとされた時代があった。しかし、それだけが進化の形ではないことに、私たちは気づき始めている。
あえて量産を避け、人手をかけて行う仕事から、新たな価値が生まれることがある。手仕事と相性のよい紙を使い、伝統工芸を現代風にアップデートさせた紙の貝殻椀を前に、そんなことを思った。
ライター 石田 純子
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