優しい風で涼しさを運ぶ「うちわ」は日本の夏の風物詩。
あおぐ姿の美しさからか、絵画などの題材にも取り上げられてきたが、現代の生活でうちわを目にする機会は減りつつある。
その中でひときわ目を引く、美しい紙を使ったうちわが人気だ。
色とりどりの小ぶりのうちわは、ずらりと並べた様子を見ているだけで楽しめる。「ひだりうちわ」という商品名からは、パロディ商品のような印象も受けるが、実体はさにあらず。うちわ産地として名高い香川県丸亀市で生産された、竹骨の本格的なうちわだ。
「いま、持ち歩いて涼を取る道具は扇子や電動のハンディファンが主流で、うちわの占める割合はわずか5パーセント程度だそうです。でも携帯しやすいうちわがあれば、使いたいと思う人はもっと増えるかもしれません。外出先で取り出しやすいようにファッション性があって、素材も厳選した紙と竹骨を使用し、しっかりとした造りにすれば、愛着がわくのではないか。それが『ひだりうちわ』を企画した発端でした」
そう説明するのは、一心堂本舗株式会社(東京都千代田区)の柳楽栄実香さん。商品企画部に所属して、江戸の庶民の智恵でもある「養生」の文化を発展させた商品を担当している。この「ひだりうちわ」もその一つだ。
自然素材を使うことと並んで早い段階から決まっていたのは、「世界の紙」を使うこと。そこで、京都の友禅染めの手漉き和紙のほか、ネパールの手漉き紙であるロクタ紙や、柄が美しいイタリアの壁紙などをうちわの素材として選び出した。とくに人気があるのは、ニューヨークやドイツのデザイナーがデザインした柄を、ネパールで手漉きしてハンドプリントを施した「多国籍」なロクタ紙だという。
「うちわの美しさは、竹骨に張った紙が作り出す陰影にあると思うんです。ですから、その良さが生きるように、ほどよい厚みがあって陰影がきれいに見える紙を使いたいのですが、和紙はもちろん、ロクタ紙もその点でとても優れています。素朴な風合いで、大胆なデザインと相性がよいのも、ロクタ紙の魅力ですね」と、柳楽さん。
完成したひだりうちわは2018年の発売後すぐに話題となり、「江戸みやげ」として国内外の観光客の人気を呼んだ。小ぶりのサイズは企画当初からの意図である、携帯しやすさ・取り出しやすさに優れるとともに、お土産に適した仕様でもある。加えて、華やかなグラフィックに現在の東京の美意識が反映されていることも、人気に火が付いた理由だろう。
「江戸時代、うちわは浮世絵を刷った紙を用いるなどして、実用性だけでなく、その柄を愛でるという楽しみ方がありました。その特徴もひだりうちわで継承できたと思います」と、柳楽さん。
心が躍るような柄を目にして、自分だけでなく、ほかの人にも楽しんでほしいと思う人は少なくないのだろう。ひだりうちわは、宛名とメッセージを書き込んでパッケージに貼れば、あとは切手を貼るだけで郵送できるシールを別売で用意している。コロナ禍で観光関連需要が減少し、ひだりうちわもまた、売れ行きの落ち込みは避けられなかったが、にもかかわらず郵送用のシールは販売数を維持したという。
その事実からは、たとえ顔を合わせることができなくても、親しい人にプレゼントとしてうちわを贈り、交流を維持しようとする人々のふるまいが垣間見える。暑い夏に向けて「体をいたわってほしい」と、相手を思いやるメッセージにもなるだろう。
手軽に気軽に楽しみながら、そこはかとなく思いやりの心を伝える。そんな場面に、紙と竹でできたうちわはほどよくフィットする。
ライター 石田 純子
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