薄く軽やかな印象の器は、
モダンでありながらどこか懐かしさを感じさせる。
これは芯材に木ではなく紙を使い、漆を塗って作った器だという。
折り紙を連想させるこの紙の器には、作り手の深い思いが託されていた。
漆器といえば、木を削って作った箱や器に漆を塗り、なめらかに仕上げたものを連想する。しかし株式会社イクス(東京都港区)が製造・販売している「漆支紙器(しししっき)」は、紙でできた器に漆を塗って強度と防水性をもたせたもの。表面は紙のテクスチャーが残るザラッとした感触だ。
考案者のイクス代表・永田宙郷さんによると、漆を木の塗装剤にするのは平安時代以降に盛んになった技法であり、それ以前は麻布や木の皮に塗っていたという。
「漆は乾くと堅くなるので、柔らかいものを固めるための補強剤になるのです。ギプスの石膏のような役割ですね。その古くからある漆の技法を応用して、新しい技術を生み出せないか、と思ったんです」と永田さん。
そこで木に代わる素材として、入手が容易で安定供給が可能な「紙」に着目した。しかしそこからが大変だった。器として実用に耐える硬さを出すには「厚手の紙であること」「芯まで漆が染みこむ吸水性があること」などが条件となるが、この「吸水性」を満たす紙がなかなか見つからなかったためである。
というのも市場に出回っている紙の多くは、筆記・印刷時のインキのにじみを防ぐためにコーティングなどの加工を施してある。永田さんの求める適性とは対極にあるからだ。
そこで紙の卸売会社やメーカーから、これはと思う紙を取り寄せては漆を塗り、乾いてから破ってみて芯まで漆が染み込んでいるか確認した。最終的に選び出したのは羊毛25%、古紙パルプ75%で作られたオーストラリア産の厚紙。羊毛の毛細管現象によって漆が吸い上げられ、厚い紙の芯まで染み込むことが決め手となった。この紙にたどり着くまでに試した紙は実に100種類以上、費やした期間は1年ほど。
しかしこの紙選びという大仕事も永田さんにとっては苦ではなかったという。
「紙を利用すると生産上のメリットが非常に大きいのです。漆器では芯材にする木を安定させるため、あらかじめ乾燥させておく必要があるのですが、それが3年くらい。スペースもとるし急に大量発注が入っても対応できない。かといって多めに木材を保管するのでは在庫リスクがふくらんでしまう。紙なら取り寄せてすぐ使えるので保管場所を気にする必要はないし、急な受注にも対応できます。構想の段階でそれが頭にあったので、大変だからといって紙以外の素材に変えようという気にはなりませんでした」
使用する紙が見つかった後は、デザイナーにデザインを依頼し、紙ならではの張りや折りを生かした造形の器を製作した。展開図に沿って裁断した紙を折ってニカワで貼り合わせて立体化し、漆を塗るという製造工程が決まった。さらに漆支紙器では「呂色(ろいろ)仕上げ」と呼ばれる、熟練を必要とする照りのある仕上げの工程を省いたことで、若い漆職人でも製作が可能になった。
高度な技術を必要としないため、漆の産地に展開図の図面をデータで送れば、すぐにでも生産が始められる。漆支紙器も石川、徳島、宮崎と複数の地域で若手の漆職人が製作しているという。
「生み出したかったのは形ではなく、新しい生産のしくみと若い職人の雇用、そして産地活性です」と永田さんは言う。今は新たな試みとして、モールド成形のように紙を漉く段階で形を作り、そこに漆を塗るタイプの器も試作中だ。完成のあかつきには、紙漉きなど、また新たな職能に光を当てることになるだろう。
ライター 石田 純子
このコラムに掲載されている文章、画像の転用・複製はお断りしています。
なお、当ウェブサイト全体のご利用については、こちら をご覧ください。
OVOL LOOP記載の情報は、発表日現在の情報です。予告なしに変更される可能性もありますので、あらかじめご了承ください
日本紙パルプ商事 広報課 TEL 03-5548-4026