ここ数年の手帳ブームの余波なのか、
ノートやメモ、付箋などの文房具が再び見直されている。
そこに現れたのが家の形をした付箋紙。
これは家を解体したときに出る廃材を原料にして作られたという。
この付箋は名前を「イエタグ」という。原料の木の色を生かした風合いと、コロンとした形があいまって、木製の模型のようにも見える。置いたときに下になる側が粘着部分になっていて、本やノートに次々と貼っていくと、しだいに街並みが作られていくように見えるのがご愛嬌だ。
このイエタグを制作したのは成瀬友梨さんと猪熊純さん。ともに建築家である。
制作のきっかけは2010年に日本科学未来館で開催された展示「地球マテリアル会議」への出展を依頼されたことだった。
依頼のテーマは「サスティナブル社会にふさわしい素材や資源のフローについての提案」で、展示に先立ち、素材研究などを行っている科学者と出展者が参加する勉強会も行われた。
そこで二人の印象に残ったのが、「自然のリサイクルフローでは高分子のものを少しずつ解体して低分子にしていくことで再生が行われている」という話。
「森の立ち木であれば、寿命を終えて倒れた後に腐る、つまり分子が解体されて土に戻り、そこからまた新しい芽が出てくる。しかし、ただ木がなくなっていくのではなく、腐るときに微生物が関与するなど、分子が循環することによってすべての過程で周辺環境に役立っている。それを人間社会でも実現できないか、という説明でした」(猪熊さん)
高分子を低分子化するというのは、紙でいえば古紙を再生紙にするのではなく、木から紙を作ること。木材の側からみれば、一度木として使ったものを紙などに形を変えて再利用することである。それがイエタグのヒントになった。
実際にイエタグを作る際には、家一軒分にも満たない少量の廃材を原料にしたため、少量でもパルプ化・製紙を請け負う会社を見つけるのに手間取ったという。それでもどうにか探し当て、完成にこぎつけた。
展示後は「建築廃材を有効に使う」というコンセプトが共感を呼び、複数のメーカーから「うちで販売したい」というオファーが相次いでいる。しかし、現在ではまだ量産し、販売するには至っていない。
ハードルになっているのは、分厚い付箋を家の形に打ち抜くのに技術がいるため、その分コストがかかるということ。さらに、古い木造家屋で使われているシロアリ対策の防蟻剤の成分を取り除く技術が確立していないこと。こちらは大学の研究室、外部の研究機関、廃材事業者とともに、技術研究を進めている真っ最中だ。
「防蟻剤を取り除くことができれば、建築廃材の利用範囲が大きく広がるのは間違いありません。廃材が再利用できるとなれば、家を建てるときに後々の再利用を考慮しながら素材を扱うというふうに、建築の考え方そのものも変わっていくかもしれない。小さな紙の付箋から始まった研究ですが、建築全体に大きく関わるテーマなので本腰を入れてやっています」(成瀬さん)
現在は、もともと防蟻剤が含まれていない、丸太を製材するときに出る製材残材などを使う代替手段も視野に入れて、年内の販売開始を目指す。
ところで、建築家からみた「紙」とはどんな存在なのだろうか。
「3月に起きた地震の後、建築家の坂茂さんが避難所に紙製の簡易パーティーションを持ち込んでおられます。軽いのに丈夫で簡単に組み立てられることを生かした考え方ですよね」(猪熊さん)
「仮設的に使用した後もリサイクルできてゴミになりにくい。紙にはそういうよさがあると思います」(成瀬さん)
紙が生まれたのは紀元前の中国だと伝えられる。以来、紙を作って使う、使った後も資源として再利用するという行為は、世界各地で連綿と引き継がれてきた。今後はそれをどのように行えば、人と地球を守ることにつながるのか。それを考えていくのは他ならぬ私たち自身である。
ライター 石田 純子
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