突然の心停止を起こした人に心臓マッサージを施す。頭の中でイメージできても、実際にそれができる人はけっして多くはない。できるようにするには訓練が有効だが、どうやって学べばよいのか。
その一歩を踏み出すのに役立ち、すぐにでも訓練をスタートできる紙のシートを紹介しよう。
心停止により突然倒れた人を前に、何ができるだろう。救急車を待つ間に、居合わせた人がすぐに胸骨圧迫(心臓マッサージ)を行えば、倒れた人の脳や心臓の細胞が壊死するのを防ぎ、命をつなぐことができる。しかし、胸骨圧迫を行わなければ、数分で心臓の細胞が完全に壊死してしまい、AEDを使用しても元には戻らなくなる。
突然の心停止で亡くなる人は年間で約7万人以上。その半数は、目撃者がいても心肺蘇生(CPR)がされていないのが現状だ。心停止の約7割は住宅で起きているが、住宅では周囲の助けを呼ぶのが難しく、その場にいる家族が胸骨圧迫できなければ、命をつなぐことは難しい。
ところが胸骨圧迫を自信をもって行える人はけっして多くはない。訓練の機会が少ないことがその原因と考えられる。
これまで胸骨圧迫の訓練には専用の人形が用いられてきた。人形は値段が張るのに加え、置き場所の確保、持ち運ぶときの重さなどがネックとなり、集団講習などで効果的・効率的に訓練できる数を用意するのが難しい。訓練機会が増えないのは、そんな事情が関係している。
心肺蘇生訓練キット「CPRトレーニングボトル」は、こうした現状を打開すべく作られた製品だ。紙のシートを広げて人体のイラストの胸部にキャップを閉めた空のペットボトルをセットし、動画のリズムに合わせて両手でボトルを圧迫する。柔らかいボトルは圧迫によってへこみ、空気圧で形が戻るため、繰り返して圧迫することができる。圧迫したボトルが手を押し戻す感触は、バネを使っている人形よりも実際の人体を押す感触に近いとの、医療従事者の評価も得ているという。
ペットボトルを使用するアイデアは、開発者である一般社団法人ファストエイド代表理事の玄正慎さんが思いついた。飲料メーカーの協力を得て、70種類ものペットボトルの中から訓練用の人形に最も近い感触を得られる銘柄を選び出した。実際に圧迫したときにかかる荷重と変形の度合いを測定して、そのペットボトルに訓練用の人形と非常によく似た変形特性があり、ほぼ同等の胸骨圧迫訓練ができることも証明した。
一方で、心肺蘇生の重要性をより多くの人に知ってもらい、胸骨圧迫の訓練に参加してもらうため、人体をイメージさせるグラフィックは明快でポップなデザインにし、裏面に心肺蘇生に関する情報を記載するなど、シートのつくりにも気を配った。大判のシートをA5サイズに折り畳めるようにしたのは、鞄に入れやすい大きさにして持ち帰りやすくするための工夫である。シートの販売を開始すると、ペットボトルを使った救命訓練が全国に広がっていった。
「心停止の多くが家庭で起こっている点を考慮すると、家族全員が胸骨圧迫の訓練を積んでいるのが理想です。講習を受けたらシートを家に持ち帰り、家族ぐるみで訓練してほしいですね。人は自信がないと行動に移せないものですが、定期的に訓練すれば自信がついて、有事のときに適切な対応ができるようになりますから」と玄正さん。
近年では中学校と高校の保健体育科において、実習を通して心肺蘇生法を理解し、応急処置ができるようにすることが学習指導要領に盛り込まれたため、学校単位での購入も増えている。2021年度は助成金を活用して「CPRトレーニングボトル 訓練シート」を学校に無償提供する取り組みを開始し、多数の学校の授業で使われた。訓練を受けた生徒が自宅にシートを持ち帰り、家族に成果を伝授すれば、いっそうの広がりが期待できる。
「デジタルの時代でも、紙には大きな意味があると思っています。紙製の訓練用シートは低コストで量産できるので、多くの人に配布できるのはもちろん、目に見える物体としてそこにあるからリアルな訓練ができますし、畳んで持ち帰ればそれを目にした家族と心肺蘇生法の話をするきっかけもなります。人に伝えるツールとして機能しやすいですから、心肺蘇生の重要性を広める私たちの活動も、紙があったからこそ実現したと思います」と玄正さん。
命を救う訓練に使え、その輪を広げるのにも一役買う。大切な二つの役目を一枚の紙が担っている。
※心肺蘇生訓練は自己流にアレンジせず、シートに記載された手順と動画に従って正しく行ってください。 ペットボトルはキットに含まれていません。推奨されている銘柄のペットボトルをご用意ください。
ライター 石田 純子
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