古書店を探し回って手に入れた古い新聞や雑誌。
気に入って買ったのに、いったん本棚にしまうと読み返す機会は意外に少ない。
その死蔵されがちなコレクションを活用し、大胆な発想で作られたバッグと財布が
「次なる豊かさ」を求める人たちの注目を集めている。
何十年も前の古い雑誌をパラパラめくっていると、その時代ならではの写真や文字組みにハッとさせられることがある。ページを閉じた後も残る余韻に、本を棚に戻すのがなんとも名残り惜しく感じられる。
そんな気分をうまくくみ取ってくれるのが、@griffe(アグリ/東京都台東区)のバッグである。
素材に使われているのは1950~70年代に発行された海外の新聞や雑誌のページ。それを切り取ってコーティングを施すと、水をはじき、ミシンがけもできる丈夫なシートになる。テカリを抑えたマットな質感のコーティング紙はお洒落で手触りもよく、取っ手や底に使用した布や本革など、異素材との相性もなかなかだ。
デザインと製造販売を行っているのは、ファッションデザイナーの藤井健雄さんである。もともと服飾デザインを専門にしていたが、5年ほど前からこうした紙製バッグの制作を始めた。大量生産と大量消費を前提にしたファストファッション全盛の時代にあって、その対極となる「世界でたった一つのもの」を作ろうと考えたのがきっかけだった。
ヒントになったのは、藤井さんが長年趣味で収集してきた海外のファッション誌や新聞である。
「一口に古い印刷物といっても、時代ごとの違いが映し出されているのが面白いんです。50年代は明るい印象の紙面が古きよき時代を感じさせ、60年代になるとそこにベトナム戦争の陰が指し、70年代は退廃的なムードが反映される。そんな紙面をバッグにすることで、凝縮された『時代』を肌で感じてもらえるのでは」と藤井さん。
バッグのタイプもさまざまで、近作はトートバッグやボストンバッグ、財布、ポーチなどもラインアップしている。オーダーも可能で、海外からのお客向けに、相撲の番付表をコーティングしてバッグを制作したこともあるという。なかでも藤井さんの印象に強く残っているのは、ある男性客の「子供の写真を使ってバッグを作りたい」というオーダーだ。
「内張りに英字新聞を使ったコットンのトートバッグがあるのですが、その新聞の写真部分だけをお子さんの写真に差し替えて作ってほしいというオーダーでした。お子さんが新聞に載ったような演出をしたいということですね。出来上がったバッグは奥様にマザーバッグとしてプレゼントされたそうです」(藤井さん)
ちなみにバッグは数年使用した後でもいったんほどいて縫い直せるので、マザーバッグの役目を終えた後、別の形のバッグにリメイクすることもできる。また、使い込むことで紙が柔らかくなり、少しずつ「焼け」が入るなど、革に似た経年変化も生じる。お客の側もそこに魅力を感じ、長く使う前提でオーダーした品だった。
「当店で紙製のバッグを購入するのは30代以上の方が主。ブランド物も一通り使ってみたことがあり、自分が本当に欲しいものが何かよくわかっている。そういう方が買って行かれて、リピーターになるケースが多いですね」(藤井さん)
もともとは、情報を伝える記録媒体として世に送り出された新聞や雑誌。読んだ後は本棚にしまい込まれがちだが、それらを表舞台に引っ張り出し、持ち出せるようにしたことが、人々の共感を呼んだ。古い紙が内包しているのは、物質的な価値だけでなく、私たちの心の源流なのかもしれない。
ライター 石田 純子
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