子供の遊びや教育の現場で「紙」はひんぱんに登場する。
とりわけ図画工作では、絵を描くにしても好きな立体を作るにしても、
紙は欠かせない材料だ。
そんな紙を使った遊びと学びが、子供の心の再生へと結びついた事例を紹介しよう。
「ビルダーカード」という言葉を聞いたことはあるだろうか。丸や四角の厚紙に切り込みを入れ、何枚も組み合わせて立体を作るものだ。主に美術の初等教育で用いられ、遊び感覚で気軽に取り組める半面、工夫次第で大型の作品や複雑な構造の作品も作れる面白さがある。
千葉県立美術館では、ビルダーカードを使ったワークショップを2010年頃から行っている。その活動を通じて、ビルダーカードが子供たちにとって自主的に、自由に遊びながら造形の楽しさに触れることのできる教材であることを実感していたという。
そのビルダーカードが思わぬ場面で役立つことになった。2011年の東日本大震災後、東北地方から千葉市内の大型施設に避難してきた子供たちが、遊ぶものがなくて困っているという問題が持ち上がったときである。そこで遊具に代わるものとしてビルダーカードを提供したところ、子供たちが非常に喜び、いきいきとした表情を取り戻すという喜ばしい結果を生んだ。
千葉県立美術館から提供したのは直径25cmの丸いビルダーカード。ワークショップでは大きすぎていくぶん使いにくかったというが、避難所となった大型施設ではむしろ好都合で、子供たちが思いきり体を動かしながら楽しく遊べる道具として機能した。
その様子を目の当たりにし、千葉県立美術館ではビルダーカードを使って被災地を癒す方法はないかと模索するようになる。その過程で、災害救援の一環として芸術による被災者の心の支援を行おうとしていた日本赤十字社の要請に応じるかたちで、釜石市や福島県などの被災地に出向いてワークショップを行う「出張美術教室」を、地域の日本赤十字社支部や教育委員会と共同で実施することが決定した。
2012年にスタートした出張美術教室は、2時間ほどのプログラムのなかで、前半は子供たちが水彩絵の具で描いた作品を缶バッジに加工する活動、後半をビルダーカードによる制作にあてている。
「被災した方々と話し合ううちに、環境の激変にさらされた子供たちが、落ち着いて自分の心と深く向き合う時間をもてずにいることがわかりました。一方で、外遊びが制限されたり、津波による被害で遊び場が失われてしまった地域もある。そのような状況を踏まえたケアが必要ではないかと。そこで前半は水彩画を描くことで子供が自分の内面と向き合い、後半はビルダーカードを使って力いっぱい遊ぶ、いわば『外に向けた発散』の時間にしたのです」と、ワークショップの指導にあたった千葉県立美術館の東健一さんは説明する。
参加した子供たちは未就学児から中学生までと幅広い。自分の背丈をはるかに超える大型の作品を作り上げたり、カードが放射状に広がる花のような形や、アーチ型などの一見不安定で難しそうな立体を仕上げる子供たちも珍しくないという。まだカードをうまく扱えない小さな子供も、カードを積み上げて遊ぶなど、アイデアや発達段階に合わせて自由に遊べるのがビルダーカードの良さでもある。
「美術では非日常性をテーマにすることが少なくありませんが、未曾有の災害を経験した子供たちに必要なのは『日常』を取り戻すこと。それを忘れずに、今後も出張美術教室のなかで実践していきたいと思います」(東さん)
この出張美術教室は被災地支援に大きな貢献があったとして、さまざまなメディアで紹介され話題を呼んだ。今後は美術教育や福祉を学ぶ大学生のボランティアを募り、子供たちの指導にあたってもらう計画もある。もちろんそれは学生にとって教育の現場を知るよい機会となるだけでなく、次代の指導者育成、そして長いスパンで実施される被災地支援の基礎にもなっていくことだろう。
紙のカードから始まった被災地支援が、地域と時間を超えて広がりをみせている。
ライター 石田 純子
このコラムに掲載されている文章、画像の転用・複製はお断りしています。
なお、当ウェブサイト全体のご利用については、こちら をご覧ください。
OVOL LOOP記載の情報は、発表日現在の情報です。予告なしに変更される可能性もありますので、あらかじめご了承ください
日本紙パルプ商事 広報課 TEL 03-5548-4026