親しい人のちょっとした記念日に、
絵本をプレゼントしたいと思ったことはないだろうか。
そんな気持ちに応える、てのひらサイズの小さな絵本が現れた。
切手を貼ってそのままポストに投函できる、独自の仕様が新しい。
ハガキと同じくらい、てのひらサイズの紙の束に見えるのは、小さなソフトカバーの「絵本」である。四方は綴じてあり中身は見えないが、裏面にある宛名とメッセージ欄に記入し、82円切手を貼ってポストに投函すれば相手に届く。
受け取った人は、綴じ目代わりのタブを折り曲げてページがバラバラにならないように補強し、三方のミシン目を手で切り取って左右に開けば、絵本が完成する。
この「郵便絵本」を製作したのは東京・目黒にある夕星文庫(ゆうづつぶんこ)という出版社だ。デザイナーの小泉朋久さんがこの一風変わった絵本の形式を考案し、絵本作家の吉田和音さんが物語の構成と作画を行っている。新作も定期的に刊行され、現在は30冊を超えるラインアップが揃う。
「そのまま送れる絵本」というありそうでなかった製品であるが、そのヒントになったのは、17~19世紀頃にイギリスで発行されていた「チャップブック」という本なのだそう。これは読み手側が製本を行う前提で作られた、ポケットサイズの安価な本の総称である。童話やユーモア、実用的な内容などを扱い、気軽に買える本という意味では、同時期に日本で出版されていた娯楽色の強い「赤本」とよく似ている。
小泉さんは絵本の新しい形式を模索していた時期にこのチャップブックを知り、読み手側が手を加える仕様に着目、さらに「本を送る・贈る」アイデアと組み合わせることを思いついた。それが郵便絵本の原形である。
その郵便絵本の第1弾を製品化し、カードや郵便雑貨のフリーマーケット「郵便フリマ」へ出展したところ、好評だったことから、ラインアップを増やして常時販売するようになった。その後、製本形式や開封方法に改良を施して、より作りやすく開けやすい現在の仕様が完成した。
もちろん、そこに描かれる物語にも工夫がある。この本に特有の「送り手と受け手をつなぐ」役割を考慮したときには、「話を完結させずに余韻を残す」ことが大事だと、小泉さんは語る。
この郵便絵本では、通常の絵本の裏表紙にあたるページに、宛名とメッセージの記入欄が設けられている。そのため読み手が物語を読み終えてページを閉じると、送り手がしたためたメッセージが再度目に入ることになる。
「ここには送る人もおのずと物語とリンクしたメッセージを書き込むはず。それが物語の意味や結末を示唆する『オチ』になると思うんです。そのように物語を介して、送り手と受け手がコミュニケーションすることが大切なので、物語はあえて完結させず、送り手と受け手に託す余地を残すようにしています」(小泉さん)
電子媒体などの存在感が強まる中、「紙」で絵本を展開する意味について考えを巡らせた時期もあるという。しかし2011年の東日本大震災の後、不安を訴える子供たちに向けて描き下ろした物語を被災地に届けようとしたとき、毛布や食糧などの支援物資とともに送るには、かさばらずどんな環境でも読める、紙製の薄い折り本の形式がぴったりであることに気づかされた。
「音楽のように理屈ではなく、スッと心にしみ込んでいく物語を描きたいと思っているのですが、それには絵本という形式、そして紙でできた本が向いているように思います」と、吉田さんも言う。
大切なメッセージをとっておく。折りに触れ読み返す。物語を感じ取る。紙はそんな行為と相性がよいようだ。
ライター 石田 純子
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