文字や写真を印刷する「紙」と、風景や音声を記録する「映像」は
互いに接点をもたない別々の存在と思われてきた。
しかし「AR」という新しい技術が出てきたことで、両者の関係は一変する。
紙をきっかけに映像が流れる……そんな仕掛けのある広報紙も現れた。
東京都調布市では『市報ちょうふ』という広報紙を月2回発行している。2色刷りのタブロイド判で、自治体の広報紙としてはごく一般的な形式だ。しかしよく見ると、一部の写真に「AR動画」というマークが付いていることに気づく。
そこにスマートフォンやタブレットをかざすと、サッと画面が変わり、まるでテレビでも見ているかのように音声付きの映像が流れ出す……。
なんとも不思議な仕組みだが、これはAR(拡張現実)という技術を応用したものだ。あらかじめ指定されたアプリケーションをスマホやタブレットにダウンロードしておけば、あとは特定の写真やマークにかざすだけで動画が再生される。1、2年ほど前から広報に活用する自治体が増えはじめ、調布市も2014年7月20日号から市報にAR動画を取り入れるようになった。
導入のきっかけは、若い世代に市の情報をもっと知ってもらおうとしたこと。
調布市では『市報ちょうふ』のほかに、ホームページやツイッター、ケーブルテレビ、FMラジオなどのメディアを使って情報発信を行っているが、全世代を通じて利用率が圧倒的に高いのは、この『市報ちょうふ』であることが、市民への意識調査でわかっていた。
さらに先行してARを広報紙に導入している自治体が複数あったことから、調布市でも導入はスムーズに進み、発案からわずか1か月後にはAR動画付きの広報紙が実現したという。
このような広報紙を制作するには、紙面に掲載する写真と再生用の動画のほか、その2つの情報を結びつけ、動画を再生できるように加工するためのアプリケーションが必要になる。そこで調布市ではケーブルテレビの広報番組用に撮影した映像を転用し、無料のアプリケーションを活用することで費用負担を抑える一方、閲覧の仕方をわかりやすく説明したマニュアルを作成し、ホームページ上に公開した。
動画の種類はお祭りやイベント、市内の名所の紹介など、多岐にわたる。有名な深大寺や神代植物公園のほか、子供たちが対戦する「わんぱく相撲調布場所」といったほほえましい地域イベントもある。いずれもおおむね1分以内のコンパクトな内容だが、百聞は一見にしかずの例え通り、その場の臨場感がありのままに伝わってくるのは映像ならではの面白さだろう。
「『市報ちょうふ』は2色刷りで写真は白黒ですが、動画はカラーで伝えることができるのも魅力です」というのは調布市行政経営部広報課係長の佐藤龍さん。
動画の最後に画面をタップすると、そこから関連サイトにつながる場合もあり、面白いだけでなく便利なツールとして使うこともできる。
広報紙にAR動画を掲載するようになってからは年配の市民がスマホを片手に「見方を教えてほしい」と広報課を訪れたり、AR動画の掲載がない号の発行後に「今回は動画はないの?」と尋ねられることもあるといい、動画付きの広報紙が若者に限らず、広い世代に興味と好意をもって迎えられている様子が伝わってくる。
「新しいメディアが次々と出てくるので、若い世代の方はそちらにシフトしていますが、それでもやはり紙媒体はよく見られています。また『市報ちょうふ』は市内全戸に配布されるので、情報を確実に届けられるという安心感もあります」(佐藤さん)
AR動画付きの広報紙は当初は試験的な運用として始められたが、すでに定着した感もあり、今後は調布市が発行するポスターやチラシにもAR動画の導入を検討していくという。
安心・確実な広報紙を入口にして、動画やサイトなどさまざまなメディアにつながれば、そこから地域の魅力をより深く多面的に知ることができる。慣れ親しんだ「紙」と新しいデジタルメディアの組み合わせは、新鮮な面白さと広がりを提供しているようだ。
ライター 石田 純子
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