お祭りの夜に温かな光で街を照らす紙の灯籠。
その一つ一つには個性豊かな絵が描かれている。
かつて千葉・稲毛の海で行われていた漁をイメージしたというこの灯籠は、
地域の人々の「ふるさとへの思い」が込められていた。
灯籠が並ぶのは、千葉・稲毛で11月に行われる「稲毛あかり祭り 夜灯(よとぼし)」で、地域の人々からは「夜灯」と呼ばれて親しまれている。始まって10年を迎えた比較的新しいお祭りで、駅前の商店街から住宅地を通り、神社やギャラリーの集まる一角へと続く道や広場が、2日間にわたりたくさんの手作り灯籠で照らされる。
灯籠を彩る絵は、主に地元の保育園や小学校に通う子供たちによるもの。和紙に絵具やクレヨンで思い思いの絵を描いてからラミネートし、筒状に丸めて綴じれば出来上がる。中にろうそくを置いて使用するが、お祭り当日に全部で8000個ほどの灯籠に一つ一つ火を灯して回るのは、中学生たちの役目だ。
もともとは10年以上前に商店街の経営者や近隣の大学に通う学生が集まって、地域活性についてのアイデアを出し合ったことが発端だった。その中で「夜灯漁(よとぼしりょう)」という、昭和30年代まで稲毛の海で行われていた慣習が話題にのぼったという。
夜灯漁とは潮が引いて干潟ができる新月の夜に、カンテラを灯して潮だまりにいる魚を手づかみで捕まえる漁のこと。子供が大人に連れられて出かけるような、いわば遊びの漁で、「夜灯」はカンテラの灯りを意味する。
「当時の風景を想像しながら、カンテラに代わるものって何だろう、と考えました。家族の幸せと重なるような温かな灯りです。ああでもない、こうでもないと話し合う中で、子供が絵を描いた紙で灯籠を作ったら、それが現代のカンテラになるんじゃないかと思ったんです」
そう語るのは開始当初に実行委員長を務めた、稲毛商店街振興組合専務理事の海宝周一さんである。子供が絵を描いて手作りした灯籠を並べれば、その家族もお祭りを見に来るに違いない。その家族が連れ立って灯籠を囲む様子が、夜灯漁を楽しむ家族の姿と重なるように思えた。
灯籠をお祭りの主役にすると決めてから、コピー用紙などで試作をしてみたが、絵具をはじいたり、紙を通した光に温かさが感じられないことから、柔らかな風合いの和紙を使う方法に変更。さらに自立しやすいようにラミネートを施す制作方法に落ち着いた。
「灯籠を使ったイベントは各地にありますが、『きれいな灯籠を作ったから見に来てください』という趣旨で行われることが多いですよね。でも私たちはまず自分たちが楽しみ、地元の歴史を再認識して、街の記憶として共有していけるお祭りにしたかったのです」と海宝さん。
そのため灯籠作りに際しては、まず子供たちを集めてワークショップを行い、かつてこの地に夜灯漁という風習があったこと、そしてそれが現在のお祭りの原形になっていることを説明してから、絵に取りかかってもらうという。
お祭り当日は子供とその家族が連れだって訪れるようになり、年ごとに賑わいを増している。10年の間には実行委員長も海宝さんから遠藤哲夫さんにバトンタッチし、開始時に手伝ってくれた学生も社会人となったが、街を離れてもお祭りの準備のために戻ってきたりと、この地に愛着をもっている様子がうかがえる。
「子供たちにふるさとを感じてもらいたいんです。自分で灯籠を作り、みんなでお祭りを盛り上げたという記憶があれば、大人になってもまたこの街のことを思い出すんじゃないかな」(遠藤さん)
灯籠の柔らかな光が夜の街を照らす風景は、今ではすっかり晩秋の風物詩として地域に定着した。お祭りの夜に紙を通した優しい光を囲む人々の表情は、かつて夜灯漁でカンテラに照らされた家族の表情とよく似ているのかもしれない。
ライター 石田 純子
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