参議院選挙に東京都知事選挙と、注目度の高い選挙が続いた今年の夏。
その間、街角に貼られた選挙ポスターが破れたり色褪せたりせず、
鮮明さを保ち続けていたのに気がついただろうか。
屋外の苛酷な環境でも劣化が少ないポスターは、その紙に仕掛けがあった。
選挙期間に入ると、ベニヤ板の掲示板に候補者のポスターが貼られる。その期間は1~2週間。選挙と関係なく街頭に貼られる政党ポスターの場合はさらに長く、数か月間貼られたままになることもある。その間、直射日光や風雨にさらされ、紙にとって苛酷な環境にあるはずなのに、破れたポスターを見かけることはほとんどない。
秘密はポスターが刷られた「紙」にある。屋内に貼るのを前提にした一般的なポスターは、コート紙と呼ばれる光沢のある紙を使うことが多い。しかし、選挙ポスターや政党ポスターは「ユポ」という「合成紙」が多用されている。
「選挙期間が2週間と長い国政選挙や、競争が激しく見栄えも重要視される都市部の選挙では、ほぼすべてのポスターがユポで刷られています」と説明するのは、ユポ・コーポレーションの営業部に所属する細川大介さんと吉田雅彦さんだ。
ユポは主原料に木材パルプではなくポリプロピレンを使用した、いわゆる合成紙である。印刷や筆記ができるという紙と同じ機能を持ちながら、一般の紙よりも耐水性や破れにくさなどに優れているのが特徴だ。
起源は意外に古く、正式に上市したのが1972年、その耐候性に着目して選挙ポスターに初めて使われたのが同年12月に行われた衆議院選挙である。ちなみに、その選挙でポスターにユポを採用した25名の候補者は、みごとに全員当選を果たしたという。
とはいえ、「耐水性がある」という特徴は、言い換えれば「水を吸わない」ということであり、印刷インキを吸収しないため、インキがのらずうまく発色しなかったり、乾燥に時間がかかって生産性が落ちるといった問題が、長年にわたり印刷現場を悩ませていた。
しかし長年の研究成果により、インキの浸透性をもたせた「スーパーユポ」が2002年に登場する。それによって印刷時の問題も解消され、選挙ポスター用紙におけるユポのシェアは跳ね上がった。さらにインキも耐候性の高いものが開発されて、現在のような「破れず色褪せない」選挙ポスターが当たり前になっていったのである。
面白いことに、同じく選挙で使う投票用紙にもユポが多用されている。折り曲げに対する復元力が高く、折ってもすぐに開くため、開票作業の手間を省くことができるからだ。
ほかにもユポは日常のさまざまな場面に入り込んでいる。耐水性に着目して食品パッケージやシャンプーボトルなどの日用品のラベルにしたり、スーパーなどに並ぶ生鮮食品の値札、あるいは登山者が持ち歩く山岳地図にも使用されている。また、ユポは粉塵の発生が極端に少なくクリーンな状態を保ちやすい性質があるため、医療現場でも活用が進んでおり、胎児の確認などに用いられる超音波診断の際に画像を焼き付ける印画紙は、ユポに感光剤を塗布したものが使われている。
もともとユポをはじめとする合成紙の開発は、1968年に科学技術庁が発表した「合成紙産業の育成に関する勧告」に促されるように進められてきた。当時は国内森林資源の将来的な不足が危惧されており、勧告では木材パルプの代わりに石油から紙を作り、一般の紙の代替として広く供給していく必要性が説かれていたのである。
しかしその後、木材や石油の市場環境が変わり、ユポのような合成紙が「すべての紙に置き換わる」ことにはならず、木材パルプ由来の紙と合成紙はそれぞれのメリットを生かして使い分けられるようになっていった。
その中でも選挙ポスターや投票用紙は、私たちが「合成紙らしさ」を実感しやすいユポの用途といえるだろう。よく知っていると思い込んでいた「紙」の、異なる表情と意外な歴史がそこに凝縮されている。
ライター 石田 純子
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