マネキンと言えば服飾売り場で見かける樹脂製のものが思い浮かぶが、そこに新しい提案として現れたのが和紙製のマネキンだ。
樹脂のマネキンよりはるかに軽く、輸送や組み立てが楽なのに加え、日本らしいユニークな紙製品としてもスポットが当たっている。
和紙製のマネキンを「Waltz(ワルツ)」の商品名で企画・受注生産・レンタルしているのは、株式会社トーマネ(東京都中央区)である。1934年に創業し、マネキンの制作を発端に商空間の構成を請け負う同社では、1950年代頃までパルプと胡粉(ごふん・日本人形の肌や日本画などに用いられる白色顔料)をマネキンの原料にしていた歴史があるという。
もっとも当時のパルプ製マネキンは、防湿性が低く重量も60kg前後と重くて扱いにくかったため、マネキンの素材は次第にFRP(強化プラスチック)にとって代わられる。FRPは軽くて丈夫、不要になればセメント製造時の燃料・原料としてリサイクルできる扱いやすい素材であるが、近年の同社では、異なるマネキン素材を求めて模索を続けていた。
「さまざまな素材を検討する中で、あるとき当社の工場がある茨城県に、無形文化財に指定されている『西ノ内和紙』という伝統和紙があることを知りました。県内産の那須楮(なすこうぞ)が原料で、江戸時代の商家では、出納帳を西ノ内和紙でつくることもあったそうです。火事になったら川に投げ込み、あとから引き揚げても文字のにじみや、ふやけることがないほど強くて丈夫な和紙だからです。それを知ったのが、和紙マネキンをつくろうと考えた発端でした」(トーマネ社長室室長・岩下沢子さん)
FRPとは性質のまったく違う和紙を用い、マネキンを製造する方法を確立するのは困難の連続で、防湿性や強度を測る紙片検査だけでも1000回以上行ったという。しかし、樹脂と異なり有機溶剤も研磨も不要で粉塵が発生しないなど、素材を和紙に変えるメリットは多く、西ノ内和紙漉き職人と協力しながら試作を重ねて2022年に完成へとこぎ着けた。
職人が漉いた和紙を、より強度を出すために一枚一枚なめし、水性ボンドを用いて手作業で原型に貼り重ねてつくる和紙マネキンは、製造において高度な技術と手間を必要とするが、そのぶん造形の美しさは格別で、柔らかく光を拾い、骨格や筋肉の陰影が映える。
しかも女性マネキンなら一体約1.6kgと非常に軽い。8〜9kgあるFRPマネキンより大幅に軽量化されたことで、輸送エネルギーの低減や組み立て作業の省力化が実現しただけでなく、マネキンを吊り下げたり、マグネットを装着して壁付けにするといった、従来のマネキンでは難しかった斬新なディスプレイも可能になった。
原材料の楮は刈り取っても根が残っていれば再生する植物で、環境負荷が極めて少ない。また使用した和紙マネキンは再び和紙に戻して再度マネキンや他の紙製品にできるなど、リサイクル性に富む。そのため、環境保全の観点で同社の和紙マネキンを採用する顧客は少なくない。
それらに加えて、岩下さんが和紙マネキンに託すのは「日本の伝統文化に誇りをもってほしい」という思いだ。
「西ノ内和紙は350年の歴史がある伝統的な素材ですが、和紙を普段使いする習慣が薄れた現代で、需要が減っていることもあろうかと思います。そこに新たな用途を与え、手作業による丁寧なマネキン制作と一体化させることで、新たな展開が見出せるのではないでしょうか。近年の日本では生産拠点の海外移転が進むなど、産業の空洞化がますます進んでいると感じます。だからこそ、このWaltzは国産の楮を使い、国内の職人さんが漉いた和紙を用いて国内工場で完成させ、伝統に根ざしたメイド・イン・ジャパンの製品として未来に伝えていきたいのです」(岩下さん)
和紙マネキン「Waltz」の名前には、軽やかさとともに「和をルーツとする」意味も込めているという。2023年3月にはフランス・パリで行われたファッション展示会「トラノイ」で使用された実績もある。「和紙」というメイド・イン・ジャパンを明確に表現する素材が、そのアピールに一役買っている。
ライター 石田 純子
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