墨を使わなくても、筆に水を含ませれば字が書ける。そんな魔法のような習字用紙がある。
鮮やかな水色の文字は、墨とはひと味違う新しい書の世界を見せてくれるようだ。
書道教室の先生が開発したというこの紙は、どのようにして出来上がったのだろう。
「私が子供の頃、習字は水泳やそろばん、ピアノなどと並んで習い事のトップ5に入っていたと記憶しています。しかし今では10位以内にも入っていない。とても残念です」と語るのは浜飯政美さん。東京都内に拠点を置き、出張やオンライン指導を取り入れた書道教室「花香墨(はながすみ)」を主宰する先生である。
周囲に話を聞いてみると、「墨が衣服や周囲に付くのが心配」「使った筆や硯を洗うのが面倒」「道具が重い」といったネガティブなイメージが、毛筆離れの一因になっていることがわかった。
それらの解決策として、水だけで書ける習字用紙はすでに何種類か市販されていたが、いずれも乾くと書いた字が消えてしまい、作品として残せないのが難点だった。
「せっかく上手に書けても、その字が残せないと評価も受けられないし、面白くないですよね。ならば水で書けて、乾いた後も字が消えずに残る紙を、自分でつくってみようと思ったのです」と浜飯さん。
さっそく大型文具店でインキや絵の具を何種類も購入し、自分なりに研究を始めた。ヒントをつかんだところで協力会社を探し、「水習字用紙」を製品化するまでには、発案から実に3年を要している。
試行錯誤の末、水に反応して発色する特殊インキを細かなドット柄にして紙に塗布するという方法をとったが、インキ色を水色にしたのは初めから意図していたわけではなく、黒の発色が安定しないため、やむなく安定しやすい色に変えた結果だという。
「いざ発売してみるとこの色合いが好評で、『先進的で未来の習字のようだ』というコメントまでいただきました。また、習字は字を書くプロセスがとても大切で、筆が紙の上を動くときの通り道がわかると指導しやすいのですが、水色は墨よりも筆の通り道が把握しやすく、指導する上でも役立っています」(浜飯さん)
この用紙は「水習字用紙」として2023年1月に発売したが、直後から注文が相次ぎ、予想をはるかに上回る出荷数となった。
また、浜飯さんが習字の指導に出向く高齢者施設でこの用紙を使ってみたところ、施設スタッフから「墨を使った習字と比べて硯がいらず、筆を洗うのも簡単で、準備や後片付けの手間が10分の1に減った」と、とても喜ばれたという。
「習字に親しむ上で、硯で墨を刷ってから筆をとるという伝統的なスタイルに固執しなくてもいいと、私は思います。もっと自由でいいのです。毛筆で紙に字を書くよさは、その人の思いが素直に紙の上に投影されること。大人の方を対象にした夜間の教室では、お酒を飲みながら書いてもいいと伝えています。リラックスすることでおおらかな字になったり、ダイナミックな字が書けたりして面白いですよ」と浜飯さんはほほえむ。
浜飯さん自身は4歳で書道を始め、小学校に上がる頃には出品したコンクールで日本一に輝くなど、幼くして才能を開花させた。それゆえ厳格な指導を受けてきたが、教える立場となった今は、むしろ「自由で楽しい習字」で、まずは毛筆に親しんでもらうことを重視している。
日頃の指導ではもちろん墨と硯も使うが、水で書くことを望む受講者には、まず他社製品の、乾くと字が消える習字用紙で練習を重ね、仕上げの一枚として自社開発の「水習字用紙」で作品を残すという使い方を勧めているそうだ。
紙を使い分けながら毛筆に親しむ体験は、「自由で楽しい習字」の世界を広げ、習字を現代的にアップデートしてくれるに違いない。
ライター 石田 純子
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