紙に施す印刷や加工にはさまざまな種類があり、あまり知られていない特殊な技法や、知識と経験を要する高度な技術も用いられている。
今回紹介するのはその技術ありきで開発された紙である。
「紙と印刷の価値」を再考して生まれた紙は、伝統とモダンが融合した魅力に満ちていた。
折り紙や祝儀袋に加工された白く美しい紙。その魅力をつくり出しているのは、光にかざすとうっすら浮かび上がるモダンな文様だ。手の込んだ織物を思わせる文様は、指でなぞるとかすかな凹凸が感じられる。
「SAWARIGAMI(さわりがみ)」というストレートなネーミングは、この紙が触り心地に着目してつくられたことを表している。
紙表面の凹凸をつくり出しているのは、紙用の「ニス」だ。紙用ニスは通常、汚れを防ぐために書籍のカバーなどに塗布され、私たちが気づかないまま触れていることも多い。しかしSAWARIGAMIの場合は、「ツルツル」「ザラザラ」といった質感をつくることのできる特殊なニスで模様を印刷し、触り心地に特徴のある紙に仕上げている。
SAWARIGAMIを生み出したのは、印刷会社の株式会社新晃社(東京都北区)と、SATORU UTASHIRO DESIGNのクリエイティブディレクター・歌代悟さんの協業によるプロジェクトである。
新晃社はもともと2種類のニスを加工して「ツルツル」と「ザラザラ」の質感の違いを紙の上に表現し、疑似的なエンボス模様をつくる技術をもっており、その用途拡大を意図していたが、歌代さんはその技術を用いて「紙の触り心地」に特化した紙をつくることを提案した。
「疑似エンボスに指で触れたときのニスの質感は興味を引くものでしたが、『疑似』という言葉にネガティブな意味合いがあるのが気になって。ならば疑似エンボスにこだわらず、ニスの触り心地を活かした新しい紙加工の方法をつくればいいんじゃないかと思ったのです」と、歌代さんはその理由を説明する。
「情報メディアがデジタルに移行するなかで、物理的にそこに『ある』ものがつくれ、触ったり匂いを感じたりできるのが、紙や印刷の良さです。触り心地をコントロールして、その良さがもっと引き出せれば面白いと思いました」(歌代さん)。
さっそく取りかかったプロジェクトでは、ニスによる触感が疑似エンボス以上にはっきり出るように、紙の種類や印刷方式を変えながら、数え切れないほどの試作と検証を重ねた。その様子はさながら実験のようであったという。
最終的に出来上がったのは白1色・透明ニスによる15種類の柄のバリエーションをもつ折り紙製品「SAWARIGAMI」である。モダンな和柄が浮かび上がる白い折り紙は、クラウドファンディングで目標金額の実に3倍以上を集め、圧倒的な支持を得て製品化された。発売後の反響も大きく、SNSには購入者がSAWARIGAMIでつくった折り紙作品が次々とアップされた。
その後、SAWARIGAMIはラインアップを増やし、蛍光色でポップな味わいをプラスした折り紙「SAWARIGAMI neon」や、高級感のある祝儀袋「SAWARIGAMI iwai」も加わり、有名文具店やミュージアムショップに置かれるようになった。それらの販路が製品発表から1年足らずという短期間で開拓できたのは、SAWARIGAMIの上質感とモダンな表情が魅力的であったことが大いに関係しているのだろう。
「今後はSAWARIGAMIの加工法を他の紙製品やB to B製品にも展開させていきたいですね」と、新晃社社長の森下晃一さんは明るい笑顔を見せる。この独自技術を「さわりがみ加工」として意匠登録も行った。
東京の地場産業である「印刷」で伝統柄のテイストを表現することにより、SAWARIGAMIというこれまでにない日本的かつモダンな表情をもつハイエンド紙が生み出されたことは非常に興味深い。見て触れて楽しみながら、「紙ならではの価値」を再認識させてくれるこの紙の未来に期待したい。
ライター 石田 純子
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