「和紙を漉く」と聞いて思い浮かぶのは、緑豊かな山あいで熟練の職人が熱心に手を動かす情景ではないだろうか。
しかし実のところ、都心でも和紙づくりの第一歩を踏み出すことはできる。
ワークショップを通じて「東京で体験する和紙」を発信している当事者に、その意図を聞いた。
和紙の産地を尋ねられ、「東京」を思い浮かべる人は少ないだろう。しかし、思い込みに反して東京・上野駅から徒歩圏内にある場所で和紙づくりが行われ、商品に仕立てて販売されていると知ったら、驚くのではないだろうか。
東京・台東区にあるビルの1階に居を構え、東京産の和紙づくりと情報発信を行っているのは東京和紙株式会社代表取締役・篠田佳穂さんだ。自ら和紙を漉くほか、ワークショップの主催や和紙商品の製造・販売も行い、「和紙ラボTOKYO」のブランド名で活動している。
室内には和紙づくりの道具や和紙見本、和紙製バッグや水引アクセサリーなどの商品が所狭しと並び、窓の外にはプランター植えの楮(こうぞ)とトロロアオイが青い葉を繁らせる。楮は和紙の主原料、トロロアオイは紙漉きに用いる粘液「ネリ」の原料であり、決して広くはない建物で、和紙のエッセンスが幅広く体験できるように工夫されている。
「実は東京にも和紙づくりの歴史があるのです」と、篠田さん。江戸時代、浅草を中心に使い古しの和紙を回収して漉き直すことが日常的に行われ、そのような再生紙は「浅草紙」の名前で流通していたという。
篠田さんもそれに倣うように、役目を終えてお祓いを済ませたおみくじを原料にした再生紙を、冒頭で紹介したビルの室内で漉いている。自ら手漉きするだけでなく、ワークショップを開いて希望者に体験してもらうこともあり、参加者は自分の手から紙が生み出せることに新鮮な楽しさを感じているようだ。
おみくじを原料にした和紙には、漉く人の好みに応じて「大吉」などの文言を切り抜き、ワンポイントとして漉き込むこともある。ハンドメイドだからこそできる仕掛けであり、同様の手法を用いて同社では「ガーゼの端切れ」「廃棄寸前の野菜や果物」「猫の抜け毛」などを漉き込んだユニークな和紙を展開してきた。
ガーゼは近隣の天然ガーゼ専門店から、青果は農家や青果店からもらい受け、猫の毛は建物に迷い込んで住み着いた三毛猫の毛を洗浄して使う。そのままでは捨てるしかない物が、紙と組み合わせることによって存在感を増すのが面白い。
「『絆』と『循環』を大切にしたいのです。『和紙』という馴染み深く安全な素材を、原料の生産者や職人さんたちの協力を得て使いやすい形に加工し、使う人へとつなぐ。使い終わったら回収して再生する。その循環の過程で絆ができていく。そんな営みを目指しています」と篠田さん。
和紙を中心とした「循環」に別の面からスポットを当てたのが、楮とトロロアオイを「食べる」提案だ。和紙原料にする楮は太くまっすぐ育てるために、成長途中で脇芽を間引く必要がある。東京和紙ではそこで間引いた脇芽を乾燥させてお茶にしたり、粉にして白あんの風味付けに使い、出来上がった茶菓を供する茶会を、飲食店の協力を得て開催した。
また、トロロアオイはもともと実が生産地で食されており、篠田さんはそれをヒントに、実を使ったレシピの提案を行っている。いずれも和紙原料の廃棄を減らす工夫だ。
今後はブランド名にある「ラボ」の原点に立ち返り、「和紙で何ができるか」という追究をいっそう深めていきたいという。試作中の、織物への加工を意図した「紙糸」や、色付き和紙をミキサーなどで細かくし、水とネリを加えて液状にした「和紙インク」の存在はその表れとも取れる。和紙インクは和紙に絵を描くのに使え、漉き直し以外の和紙の新たな再生法として考案された。
「和紙は衣食住のいずれにも関わる存在です。和紙づくりを通して衣食住を自分の手で生み出すことの楽しさを実感し、紙のライフサイクルを知れば、それがよりよい暮らしにつながります。それは遠くに行かなくても東京で体験できますし、ちょっとした道具と原料を揃えれば自宅のキッチンでも紙漉きができます。料理するのと同じくらい気軽に和紙がつくれることを伝えていきたいですね」と、篠田さん。
今後は職人の領域だと思われていた和紙の知識やつくり方を、一般の人にもわかりやすく伝え、実践できるように導く「つなぎ」の役割を自身が担っていきたいという。
古い時代から人々の身近にあり続けた「紙」。その成り立ちを体験することは、私たちの視野を一回り大きく広げてくれることだろう。
ライター 石田 純子
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