近年の事例で言えば、残念ながら、2023年度に一部の入札案件において独占禁止法に関わる事案が発生し、ステークホルダーの皆様にもご心配をおかけしましたが、これをもって当社のガバナンス体制が機能していないとは考えていません。内部統制等の基本的なガバナンスの枠組みはしっかりと整備され、また経営陣から社外取締役への情報共有も適時適切に行われており、経営の透明性は十分に確保されていると評価しています。
一方、経営環境の急激な変化に対応していくために、特に重要と考えている課題の一つがITガバナンスの分野です。2025年4月にはDX推進本部が立ち上がり、AIを含むテクノロジーの活用方針や統制の在り方を構築する非常に重要なフェーズに入っています。加えて、サイバー攻撃や大規模災害などへのレジリエンス対応は喫緊の課題です。システムの一部を外部に委託している状況のなかで、有事に備えた防御体制の整備は不可欠です。さらには、グループのグローバル展開がますます進むなかで、海外を含めたグループガバナンスの重要性もさらに高まっています。
私も髙橋取締役と同様に、ITと海外を含めたグループ全体のガバナンスは継続的なテーマと認識しています。DX推進本部の設置により、グローバルでの見える化への取り組みが始まり、各拠点の実情を踏まえた統制の強化が期待されます。また、国内外でグループ会社が増えるなか、「守り」と「攻め」の両面からあるべき姿を議論しようとする経営陣の姿勢は心強く感じています。足もとの業績は苦戦していますが、取締役会としてもモニタリングを徹底し、早期に成果につなげていくという強い意思を共有しています。
グループガバナンスに関連して課題と感じているのは「人材」です。特に、ゼネラリストではなく専門性を有する人材の確保が重要になってきています。近年のM&Aに伴い、組織のマネジメントはより高度なものを求められており、海外人材やIT人材などの獲得・育成が喫緊の課題です。
全体として、当社のガバナンスは「攻め」と「守り」のバランスがしっかりと取れていると評価しています。ここ数年、海外を中心に積極的なM&Aを展開してきましたが、リスクに対しては非常に保守的なスタンスを貫いており、極めて冷静かつ厳格な評価がなされてきました。昨年も申し上げたとおり、こうした慎重な姿勢は当社の企業文化に根づく「素直さ」や「真面目さ」の表れであり、この1年を通じてあらためて当社のガバナンスの強みとして実感したところです。もちろん、いくら事前に検討・評価を重ねても想定を超える事業リスクに直面することはありますので、そうした場合に柔軟かつ大胆に軌道修正する機動力については、これから強化していく必要があるでしょう。
この1年で最も大きな変化は、ドイツ・フランス・ポルトガルにおける大型買収でした。破綻企業の買収であったことから顧客離れのリスクもある、非常に難易度が高い案件でしたので、今まで以上に現地任せではなく本社による統制力の確保が重要となります。社外取締役から現地ガバナンス体制の整備と本社が主導できる仕組みの構築を強く要請してきています。現在では、業績、投資状況、ガバナンス体制の進捗などについて、四半期ごとに取締役会で報告を受けており、適切なコントロールが行われています。
昨年指摘した「組織の同質性」は依然として課題として認識しています。良い面もありますが、共通認識を前提に進めることが裏目に出ることもあります。この点に対して、渡辺社長も自らのメッセージの浸透度について強い問題意識を持っておられます。決算説明会での社長からの長期ビジョンおよび中計2026に関する詳細な進捗説明を受けて、5月末の役員全体会議では、各役員が自らの戦略と実行責任について言葉を尽くして明確に語っていた点は印象的でした。課題認識が共有され、改善に向けた具体的な動きが見られていることは、ポジティブに評価しています。
取締役会は、議長たる渡辺社長のリーダーシップのもと、社外取締役にとっても発言しやすい雰囲気が醸成されており、全体として活発な議論が行われています。執行と監督が適切に機能しており、良好な統治環境が整っていると考えています。一方で、実効性をさらに高めるためには、取締役会決議事項と報告事項に留まらず、議案外のより大きな戦略的テーマに踏み込んだ議論の場を拡充することが重要です。例えば、グループガバナンスをどう構築・強化していくのか、物流改革をグループとしてどのように進めていくのか、また、それらとも密接に関連しますが、ITガバナンスなど経営の根幹に関わるテーマが増えていますので、社外取締役の視点を積極的に活用してもらうことで議論を活発化することができればと感じます。
社外取締役として、取締役会で多角的な視点から実質的な議論を行うには、事前の情報提供が極めて重要ですが、その点において当社は非常にうまく機能していると感じています。加えて、今後はその事前説明の内容についても、事案の細部にわたる説明よりも、例えば「執行側でどういった議論があったか」といった大局的な視点により多くの時間を割く方向で、運営面の改善が進められています。また、事前説明の場で社外取締役が出した意見や疑問点などは、丁寧に社内取締役や経営陣にフィードバックされています。限られた時間とリソースのなかで、効率的に議論を深めていくうえで、この事前説明の時間が有効に機能しており、当社のコーポレートガバナンスの大きな強みの一つであると実感しています。
さらに、取締役会での実質的な議論を深めるための取り組みとして、監査役会で重視されている課題についてもタイムリーに社外取締役に共有されるなど、当社ならではの工夫がなされ、情報連携が十分に図られており、結果として、取締役会での議論が活発に行われていると高く評価しています。
この1年間で特に印象的だったのは、社外取締役への啓蒙活動の一環として、常勤監査役にアレンジ頂き、重要子会社などへ実地訪問した点です。例えば、エコポート九州をはじめ、これまでなかなか接点のなかった現場をいくつか訪問する機会を得ました。やはり実際に足を運び、自分の目で見ることで得られる気づきや理解の深さは格別であり、大きな意義を感じました。
また、取締役会での議論をより活性化させるという観点からは、経営会議に社外取締役がオブザーバーとして参加することも一つの有効な選択肢と考えています。現状では、担当役員を含め、誰がどのような発言をし、その結果どのような議論を経て取締役会に上程されてくるのか、そのプロセスが社外取締役には見えにくい状況で、われわれにとってはやや結論ありきで透明性に欠ける印象を受けます。特に関心があるのは、社長と担当役員との間でどのような議論のやりとりがなされているのかという点です。オブザーバーとして経営会議等に参加し議論の流れや臨場感を把握できれば、単に議題の理解にとどまらず、発言者の姿勢や考え方を通じて参加者に対する「人を知る」ことにもつながります。これは、サクセッションプランの実効性を高めるうえでも非常に有意義です。もちろん、監督機能を担う立場として執行側の議論にどこまで立ち入るかは慎重な判断が必要ですが、テーマによってはオブザーバー参加を含めた柔軟な対応があってもよいのではないかと考えます。
まさにそのとおりです。例えば、八重洲への本社移転という重要な案件については、戦略的にも意義の大きいテーマであり、同時に人材の創造性や組織文化といったソフト面にも深く関わるものだからこそ、その意思決定に至るまでの議論の流れや臨場感をもっと具体的に把握したかったという思いがあります。
監査役会設置会社としての規程に基づく付議基準の問題ではありますが、時には細かな議題が続くこともあるため、社外取締役として、その都度改善の提案をしてきました。例えば軽微な議案は包括承認とする、重要な案件については臨機応変に詳細な報告を行うなど、議題設定のメリハリや運営の工夫を今後さらに進めていくことが取締役会運営の課題であると認識しています。こうした点については、着実に見直しが進んでいるものの、今後さらに実質的な議論へとシフトしていくことを期待しています。実質的な議論をより充実させるためには、柔軟かつ戦略的な取締役会運営が今後の課題といえるでしょう。
議事録の役割も単なる承認事項の証跡だけでなく、議論の経緯や論点が把握できるような記録にするため、AIなどのツールを活用しつつ効率的な作成が重要です。現在、その方向で改善の検討が進められていると伺っており、今後の展開に大いに期待しています。
竹内取締役からお話しのあった5月末に開催された役員全体会議は、社長の指示のもと、自部門の現状と中期経営計画進捗とのギャップをどのように認識し、そのギャップに対してどのように対応していくか、各部門の担当役員が説明する場として設けられました。この取り組みは非常に有意義であり、大変参考になりました。こうした対話や共有の機会は、今後も継続的に実施していくことが重要だと感じています。
役員全体会議において、中計最終年度の目標と現状とのギャップをいかに埋めていくか、そのための「仕組み」や「仕掛け」づくりが明確なテーマとして提示され、各部署から具体的な説明を受けられたことは、安心感を得られるものでした。一方で、グループ内外を含めて横断的な連携が実際にどう構築され、どのように進捗管理・推進されているのかについては、取締役会レベルでしっかりと把握し、適切にハンドリングしていく必要があると感じています。
現状の業績は市況の影響を受けて厳しい局面にあるものの、当社の稼ぐ力は同業他社と比較しても決して劣っておらず、むしろ優れていると評価しています。加えて、「紙」は社会に不可欠な存在であり、完全になくなることはないと考えており、日々の暮らしを支えるインフラに近い価値を持つものだと認識しています。2025年5月開催の決算説明会において社長からも言及があったとおり、たとえ市場全体の規模が縮小しても、そのなかでより大きなシェアを獲得することを目指すとともに、特定の地域に依存するのではなく、グローバルとローカルのバランスを取りながら事業を展開していく方針です。こうした方針のもと、事業の柱を複数持つ体制づくりをここ数年かけて着実に進めています。今後、経営環境が変動するなかで、これらの柱がリスク分散の面でも大きく寄与し、当社の競争優位を支えるものになると期待しています。特に、同業他社と当社の収益力の差がここで真価を発揮するものと考えています。
社外取締役にとって指名・報酬諮問委員会の課題の一つは、特に海外を含めて人材が広範囲に分散しているなかで各人の働き方や持っているビジョン、そしてそれをどのように戦略実行に結びつけていく人物なのかを評価するのが非常に難しいという点です。そうしたなかで、役員全体会議を通じて各部門の担当役員の「人となり」を直接見聞きできたことは、社外取締役であり、指名・報酬諮問委員会の委員として非常に有意義な機会であったと感じています。今後も、実地での視察なども含めてこうした機会を複数回重ね、知見を積み上げていくことが重要だと考えています。一方で、現在の取締役体制が数年間にわたり固定化されていることについては、全体としての課題として認識しています。いざ体制変更が必要となった際には、どうしても大きな変化にならざるを得ず、リスクもあることを念頭に置く必要があります。この点については、指名・報酬諮問委員会においてもこれまで議論を重ねており、社長をはじめとする経営側にも高い問題意識を持っていただいています。その意味で委員会での議論は大きな意義を持っていたと受け止めています。
取締役会のサクセッションプランについては、取締役会としての具体的な検討はまだこれからの段階であり、引き続きの重要な課題であると認識していますが、指名・報酬諮問委員会の場において、DXや海外展開など今後の経営体制を見据えた人材像について、社長からどのような人材を期待し、どのように育成していきたいと考えているのか、その思いや問題意識を直接伺うことができました。このような対話は、サクセッションプランの構築に向けた土台づくりとしても非常に意義のある機会であったと感じています。
指名・報酬諮問委員会で提供される資料については、昨年に比べて今年は内容が一層充実してきており、評価しています。現在の取締役に関する情報が丁寧に整理されているだけでなく、次の候補者に関する情報も一部ながら提示されるなど、サクセッションプランに近い視点での取り組みが見られるようになってきました。一方で、例えば部長クラスを含めた経営幹部層全体を対象とした包括的なサクセッションプランは、現時点ではまだ整備されていない状況です。中長期的な視点で経営人材をどう育成・選抜していくかという点は、今後の大きな課題として捉えています。
役員報酬制度については、近年の業績が海外市況の影響を大きく受けているという現状を踏まえると、より柔軟かつきめ細かな制度設計への見直しも検討すべき時期に来ていると感じており、今後さらに議論を深めていく必要があると認識しています。少し話はそれますが、従業員へのインセンティブとしての株式付与制度がスタートしたことについては、非常に意義のある取り組みだと受け止めています。今まで自社株式を持っていなかった社員も含め株主となることで、株主としての見方も意識しながら業務を行うといった点でエンゲージメントの向上につながるため、人的資本経営の観点からも好ましい制度設計だと感じています。
当社の役員報酬制度は、外部のサーベイデータなどを参考にしながら設計されており、全体として水準面には妥当性があると考えています。ただし、現在の制度は業績連動報酬部分が役位を基準とし、連結経常利益の増減率のみによって決定される仕組みとなっており、その点については課題があると認識しています。より多面的な指標や貢献度を反映できる設計への見直しが、今後の検討課題と言えるでしょう。
昨今、ESGやサステナビリティに対しては逆風が吹いている状況にありますが、それによって「やるべきこと」が変わるわけではありません。これまでは、いわば“ビジョンドリブン”で、やれるかどうかは別として、大きな構想を掲げた企業が評価される傾向が強くありました。気候変動についていえば、カーボンニュートラルを達成する目標年限をいかに前倒しするかの競争のような状態でしたが、現実と乖離した野心的な目標に縛られることでデメリットも生じます。現在は「現実的なトランジション」がテーマになっており、実効性を伴った取り組みが問われるフェーズに入っていくと感じています。そうしたなかで、当社はこれまでも世の中の風潮に流されることなく、地に足の着いた、本質的な取り組みを着実に積み重ねてきた点が大きな強みであり、誇るべき姿勢だと思います。「次のステージにどう進むのか」「より良い未来をどう描くのか」という問いに対して、当社は独自の歩みをもって応えていける企業であると、私は確信しています。エネルギーや環境分野の専門家として、これからも外部の立場からしっかりとサポートし続けたいと考えています。
社外取締役として、中計2026の進捗をしっかりとモニタリングすることで、監督機能を果たしていく所存です。あわせて、当社を支える人材のエンゲージメント向上を目的とした「人的資本経営」に加え、紙を取り扱う当社グループとして積極的に取り組むべき「サステナブル経営」に関しても、重要な経営の柱として、今後も丁寧にモニタリングを続けていきたいと考えています。そのうえで、今後は当社の成長ストーリーをより明確に描き出し、対外的に伝えていくための議論がさらに深まることを期待しています。当社はB to B企業であり、一般投資家からの知名度が高いとは言えないなか、個人投資家向けIRにも力を入れ始めています。このような取り組みを通じて、紙を中核として事業領域を拡げ社会を支える存在であるという当社の価値を、より多くの人に理解してもらうことが大切です。私自身としても、長期ビジョンで掲げている「エクセレントカンパニー」の実現に向けて、その道筋の解像度を高めていくプロセスを、外部の立場から引き続き支援していきます。
現在の経営課題として、「人的資本経営」「ウェルビーイング経営」「サステナブル経営」など、さまざまなキーワードが挙げられていますが、これらは個別に存在しているのではなく、すべてが有機的につながっていると考えています。結局のところ、最も重要な要素は「社員」であり、「人的資本経営」を強化することによって、社員一人ひとりが心身ともに健康で、社会的にも高い満足度を得られる「ウェルビーイング経営」へとつながっていきます。それが結果として会社の持続性を高める「サステナブル経営」へと発展し、さらには企業価値の向上という好循環を生み出します。このような価値観の醸成と具体的な取り組みを、社内外に対して明確に発信していくことが、今後ますます重要になると考えています。また、当社は創業180年の歴史を有し、外部からは市況変動の影響を受けやすい紙パルプ中心の専門商社であるという印象を持たれることもありますが、実態としては、製紙加工や古紙・廃プラスチックの回収、さらには発電事業など、グループ全体で幅広い事業を展開している企業群です。そして現在は、あらゆるステークホルダーの満足度が非常に高い状態を意味する「エクセレントカンパニー」の実現に向けて、事業ポートフォリオの変革にも積極的に取り組んでいます。こうした実態や取り組みを、より広く社会に認知してもらうことも、企業価値の向上に不可欠だと感じています。その一環として、今年初めて開催された個人投資家向け説明会で、社長自らが登壇されたことは非常に意義のある取り組みでした。今後、こうしたIR・SR活動をさらに充実させていくことが望まれますし、私たち社外取締役としても、必要に応じて投資家との対話の場に積極的に参加し、企業価値向上に向けた当社の取り組みや魅力を、外部にしっかり伝えていきたいと考えています。